おそらく、そこにいる誰が考えてもわかったはずだ。准一の余計な画策で波木青年はきたのだと。それを証拠に、愛奈ちゃんも千紘ちゃんも雷に打たれたように動きをとめてしまった。
 というか、「既成事実つくっちゃうといい」と爆弾発言をした千紘ちゃんが愕然としているのが予想外だったわけで。私たちだけの秘密と思っているから、ガールズトークに際限がなくなるんだろうなあ。と、俺は結論づけた。
 そんな二人の動揺っぷりを見て、愛奈ちゃんが波木に独占されるという不安は杞憂だったのかもしれないと安堵する。
 そして、ふいと目をそらすと、角から顔を出した准一が、親指を立ててこちらにウインクしているのが見えた。そこで俺の予想は確信となった。
 やっぱり准一の画策じゃん! って、なんでピヨは准一に向かって同じポーズで、あとは任せろというようなアピールをしているの? こいつら共犯なの?
 波木と愛奈ちゃんをくっつけたくない俺。そして、波木と愛奈ちゃんの仲を進展させようとする対抗勢力の准一とピヨ。絶対に負けられない戦いがそこにはあるわけで。
 ここにいる賛成派と反対派を多数決で考えると――あれ? もしかして波木と愛奈ちゃんをくっつけたくないと思っているのって俺だけなのか? そんな疑問が生じて、俺は動きをとめてしまう。
 俺がそんな思考停止に陥ったところで、波木は深い息を吐いていた。
「仕方ないな。じゃあ、准一がくるのをここで待つしかないか……ところで、二人とも。何を楽しそうに話していたんだ?」
 近くにあるベンチに座った波木が愛奈ちゃんを見ながら言う。愛奈ちゃんはというと、顔をあげられないまま耳が真っ赤になっている。
 波木は二人の話が聞こえていたから確認のために訊いたのだろうか? それとも、本当に聞こえていなかったから訊いたのだろうか? こんな時は、読心術を持っている千代丸がいてくれたら助かるのにと思ってしまう。
 そして、それは二人も同じようで。波木の質問にどう答えるべきか悩んでいるようだ。
「えっと……愛奈ちゃんの悩み相談を受けていただけだよ。あっ、そうだ。愛奈ちゃん丁度よかったじゃない。波木くんに渡したい物があったんでしょ?」
 千紘ちゃんも愛奈ちゃんと同じく、嘘が下手な気がする。途中で声が裏返っていたし。
「えっと……これ、波木くんに使ってもらおうと思って。ノート破かせちゃったから。あと、ちょっとしたプレゼントも中に入れたから……」
「別にノートのことは気にしなくてもよかったのに。俺が好きでやったんだからさ。けど、くれるのならもらっておくよ。ここで開けてもいいか?」
「うん、気に入ってもらえたらいいんだけど」
 その時だ。突然、ピヨが俺の頭の上に乗った。
 あれ? 俺に乗ったということは、家に帰ろうっていう意思表示と捉えていいのか? あれだけ協力しようとしていたのに?
 その瞬間、俺は後頭部に痛みを感じて飛びあがった。
「いてえっ!」
 俺の叫び声は人間には「にゃぎゃん」と聞こえたに違いない。
 あろうことか、ピヨは俺の後頭部の毛を数本つまみ抜いたのだ。その飛びあがった勢いで愛奈ちゃんに追突する。
 俺の追突は意識していないのに、見事なまでに膝カックンとなっていた。不意打ちで愛奈ちゃんが前に倒れこみそうになる。その前にいたのがよりによって波木で、愛奈ちゃんは受けとめられるかたちとなっていた。
「大丈夫か? 怪我はない?」
「ご……ごめんなさい!」
 赤面状態で愛奈ちゃんが一歩後退する。愛奈ちゃんが後退した場所には、俺とピヨがいた。 ピヨは危険を感じて慌てて逃げたが、俺は判断が遅れた。何故なら、愛奈ちゃんは俺に躓いたからだ。
「きゃっ!」
 悲鳴をあげて愛奈ちゃんが尻もち状態で倒れる。俺が逃げたら愛奈ちゃんが怪我をしてしまう。こうなったら俺も波木のようにカッコよく愛奈ちゃんを受けとめて――とはいかず、逃げ遅れた俺は見事に愛奈ちゃんのクッションとなっていた。
「きゃああ、チョビ!」
 膝もいいけど、お尻の感触もなかなか――などという、幸福に浸る余裕はなかった。だって普通に考えて、人間の体重を猫が支えられるわけがないだろう。
 というか、愛奈ちゃんに介抱されたいのに、ピヨがつついて無事なのか確認してくるし。
「私、准一を捜してくるね。すれ違いになるといけないから、二人ともここにいて!」
 とうとうこの空気に耐えきれなくなったのか、千紘ちゃんがそう言って離れる。
 いや、離れ際に愛奈ちゃんに耳打ちで「うまくやるのよ」と言ったから、計画内の行動なのだろう。千紘ちゃんが俺の頭も撫でて「良くやった」というようにウインクをした。
 違うっ! 俺は協力者じゃないんだって。愛奈ちゃんの膝の上は俺の特等席なの。その席を奪われるわけにはいかないの! って、ピヨも俺に向かって「グッジョブ!」って感じで、ウインクするんじゃねえ!
 とはいえ、俺の愛奈ちゃんの膝の上を守ろう大作戦はピヨに阻止されたわけで。今、俺の目の前には愛奈ちゃんと波木が見つめ合っている姿があるのだ。
「仕方ないな。じゃあ、二人で准一がくるのを待つしかないか」
 そう言って、波木は愛奈ちゃんから渡された紙袋の中身を見る。出てきたのはノートと、そして、ちょっとしたプレゼント。
「これは、消しゴム?」
 波木が取り出したのは動物の形をした消しゴムだった。しかも猫とヒヨコだ。可愛いのが好きな女子なら喜ぶプレゼントだろうけど、男が授業中に使うのは恥ずかしい気がする。
「私、猫とヒヨコが好きだから……波木くんにも使ってほしいなと思って」
 そう言ってから愛奈ちゃんが俺とピヨを見る。そして、波木も俺とピヨを見る。
「猫とヒヨコのセットか。なんで天敵なのに一緒にいるんだよっていう」
「でしょう? この猫はチョビっていうんだよ。私の大切な友達」
 そう言って愛奈ちゃんは、頭にピヨが乗ったままの俺を抱きあげる。
「よろしくなチョビ。それとヒヨコだから、ピヨでいいかな」
 愛奈ちゃんの彼氏と成り得る男に撫でられるのは複雑な気分だが、喉元を撫でられると、こいつなら許してやってもいいかと思えてきて。
「愛奈ちゃんって、天然だってよく言われない?」
「えっ、何でわかるの? 波木くんってエスパー?」
 そして、なんとなくだけど、二人は急速に仲が深まるようなことはなく、すこしずつ進展していくんだろうなあと思って、安心してしまう俺だった。