日光を受けて黄金色の毛が煌めく。不意に吹いた風は美姫の毛を撫であげ、更に体を大きく見せていた。
さすがのクロも自分より大きなメス猫の登場に驚いたようだ。カギに馬乗りになるのをやめ、警戒するように美姫に正面を向けていた。
「美姫さま!」
声をあげたのはハナだ。美姫は言葉なく頷く。その鋭い視線からは、後は任せろという意気が伝わってきた。
「美姫か……名前だけは聞いたことがある。メスの家猫で男嫌いだと。三帝王とか、偉そうな通り名があるらしいが、所詮は家猫だろ。厳しい寒さの中でも、ぬくぬくとコタツに入って過ごしている奴と、俺らの鍛えかたは違うんだ。俺はメスでも容赦はしねえ。そっちこそ、後悔したくなければ、家に帰ってミルクでも舐めてな」
クロが長々と挑発的に言うが、対する美姫は笑みを浮かばせていた。まるで、子どもの成長を見届ける母親のようだ。
「ミルクは好きだねえ。コタツも好きだよ。偉そうな通り名かい? 私は好きじゃない通り名なんだよねえ。皆が勝手にそう言っているだけさ」
挑発にのるわけでもない。帰るわけでもない。ただ、さらりと言ってのける美姫。さすがのクロも馬鹿にされていると受け取ったのか、牙を剥きだしながら威嚇の声を出した。
「いきなり出てきて、訳のわからんことを言いやがって。俺に引けというなら、力づくでやってみろ。このババアが!」
その瞬間、黄金色の風が動いた。俺が「あっ!」と声を出した時には、クロの左顔面がへこんでいた。その後のクロの軌道を視認するのは不可能だった。何故なら、それだけはやくクロが吹き飛んだからだ。
俺の目が、ようやくクロに追いつくと、そこには垣根に突っこんだクロがいた。
「黄金の右とはよく言われたもんさ。そして、誰がババアだって? 美姫さまと呼びな!」
美姫の右手から煙のようなものが出ている。えっ、あの右の猫パンチって、能力的な追加があるの? 音速でも越えちゃってるの?
しかも、どんなことを言われても冷静なのかと思ったら、NGワードがありやがった。
こわっ! 口が裂けても美姫に年齢のことは言わないようにしよう。
クロはというと、さすが隣町のボスというか、あるいは垣根がクッションの役割をはたしたのか、奇跡ともいえる復活をしている。
「へえ、意外と根性はあるじゃないか。どうやら、本気で喧嘩しないといけなさそうだね」
美姫が臨戦態勢を取ると同時に、クロも体勢を立て直していた。どちらもボス。その二匹のプライドは高い位置にあるだろう。お互い、負けたら終わりという意思の中で戦っているに違いない。
俺は思わず息を呑む。その時、カギが一歩前に出た。そうだ。この戦いはクロとカギの間で起きたことだった。カギからしてみたら、自分が決着をつけるべきと思っているのかもしれない。けれどあの体格差だ。カギがクロに敵うはずはない。
そうなると、ハナの想いは守られるのか? そして、メスの美姫にクロを倒してもらって、オスのカギの対面は守れるのか?
どんな結果になっても、皆が納得できる結末にならないような気がしてきた。
と、思った時、俺は背中にいるはずのピヨがいないことに気づいた。
「あれ? どこ行ったんだピヨの奴……って、ああっ!」
騒ぎにならないように、全てが終わってから俺は皆の前に出るつもりだった。
しかし、俺はすっかり忘れていたのだ。ピヨは制止をきくような奴じゃない。いうなれば、初志貫徹。考えが至らないと判断したら、すぐに行動する奴なのだ。
そう、ピヨは既にクロの頭の上にいた。それに気づいたカギが目を見開いた状態でピヨを見つめている。美姫の視線もピヨに注がれていた。
「ふん、この俺から視線をそらすとはな。それとも敵わないと観念したか?」
クロの根拠のない自信は、一体どこからくるのだろうか。
いや、観念すべきなのは俺たちじゃなくて、お前――と、言う間もなく、ピヨのくちばしがクロの脳天めがけて振り下ろされた。
サクッという軽い音がした瞬間、クロは白目をむいてスローモーションのように倒れる。ピヨはというと、奇麗に着地して、素敵なテレマーク姿勢を決めていた。
――って、これ前に見たことあるような展開なのですがっ!
「ピヨッピッピピッヨッピピ」
ピヨがジェスチャーをしながら、美姫とカギに話しはじめる。俺はピヨ語は読み取れないので、何を話しているのかは予想するだけだ。
おそらく、僕の必殺技の「サクッ」は改心の一撃。これでクロさんは詩人のように哲学を追求し、自分を見つめ、語り続けることでしょう。と、説明しているところだろうか。
しかし、このままピヨを放っておくわけにもいかない。俺は、隠れるのも限界と判断して、とび出していた。
「カギすまない。お前には悪いとは思ったが、美姫さんに協力を願い出たんだ。そうでないと、クロの奴は他の猫にも被害を与えるかと思ったから」
お前の勇気次第と言っておきながら、裏で動いていた俺に、カギは不快感を覚えるかもしれない。言い返されるかと思ったら、カギは笑った。
「俺の相談を親身になって聞いてくれたもんな。いろいろと心配させてごめん。やっぱり、お前は親友だ。ありがとうボロス」
解決に向け、かなり遠回りをした騒動だったが、これにて無事完結。俺はカギと握手を交わした。
カギの体面も守れたし、ハナの依頼にも応えたし、美姫の機嫌も損ねずに協力も得ることができたし。解決の仕方は何であれ、騒動に全く関与していないピヨの改心の一撃で終了したのなら、誰も文句は言わないだろう。
と思ったら、美姫が俺を物凄い形相で睨みつけていた。
あれっ、何か失言したか? と、すこし考えて思い出す。違う。失言したわけじゃない。俺はすっかり忘れていたのだ。俺は美姫の前ではシマという名前だったということを。
「ボロスとは……一体どういうことだい?」
もうすこしはやく気づいていたら対応できたかもしれない。しかし、全てが遅すぎた。誤解を解く説明は、相手が疑問を結論に導くまでにしないと効果が薄れる。
ここで返答を間違えたら終わりだ。俺はギリギリの説明の選択を余儀なくされていた。
さすがのクロも自分より大きなメス猫の登場に驚いたようだ。カギに馬乗りになるのをやめ、警戒するように美姫に正面を向けていた。
「美姫さま!」
声をあげたのはハナだ。美姫は言葉なく頷く。その鋭い視線からは、後は任せろという意気が伝わってきた。
「美姫か……名前だけは聞いたことがある。メスの家猫で男嫌いだと。三帝王とか、偉そうな通り名があるらしいが、所詮は家猫だろ。厳しい寒さの中でも、ぬくぬくとコタツに入って過ごしている奴と、俺らの鍛えかたは違うんだ。俺はメスでも容赦はしねえ。そっちこそ、後悔したくなければ、家に帰ってミルクでも舐めてな」
クロが長々と挑発的に言うが、対する美姫は笑みを浮かばせていた。まるで、子どもの成長を見届ける母親のようだ。
「ミルクは好きだねえ。コタツも好きだよ。偉そうな通り名かい? 私は好きじゃない通り名なんだよねえ。皆が勝手にそう言っているだけさ」
挑発にのるわけでもない。帰るわけでもない。ただ、さらりと言ってのける美姫。さすがのクロも馬鹿にされていると受け取ったのか、牙を剥きだしながら威嚇の声を出した。
「いきなり出てきて、訳のわからんことを言いやがって。俺に引けというなら、力づくでやってみろ。このババアが!」
その瞬間、黄金色の風が動いた。俺が「あっ!」と声を出した時には、クロの左顔面がへこんでいた。その後のクロの軌道を視認するのは不可能だった。何故なら、それだけはやくクロが吹き飛んだからだ。
俺の目が、ようやくクロに追いつくと、そこには垣根に突っこんだクロがいた。
「黄金の右とはよく言われたもんさ。そして、誰がババアだって? 美姫さまと呼びな!」
美姫の右手から煙のようなものが出ている。えっ、あの右の猫パンチって、能力的な追加があるの? 音速でも越えちゃってるの?
しかも、どんなことを言われても冷静なのかと思ったら、NGワードがありやがった。
こわっ! 口が裂けても美姫に年齢のことは言わないようにしよう。
クロはというと、さすが隣町のボスというか、あるいは垣根がクッションの役割をはたしたのか、奇跡ともいえる復活をしている。
「へえ、意外と根性はあるじゃないか。どうやら、本気で喧嘩しないといけなさそうだね」
美姫が臨戦態勢を取ると同時に、クロも体勢を立て直していた。どちらもボス。その二匹のプライドは高い位置にあるだろう。お互い、負けたら終わりという意思の中で戦っているに違いない。
俺は思わず息を呑む。その時、カギが一歩前に出た。そうだ。この戦いはクロとカギの間で起きたことだった。カギからしてみたら、自分が決着をつけるべきと思っているのかもしれない。けれどあの体格差だ。カギがクロに敵うはずはない。
そうなると、ハナの想いは守られるのか? そして、メスの美姫にクロを倒してもらって、オスのカギの対面は守れるのか?
どんな結果になっても、皆が納得できる結末にならないような気がしてきた。
と、思った時、俺は背中にいるはずのピヨがいないことに気づいた。
「あれ? どこ行ったんだピヨの奴……って、ああっ!」
騒ぎにならないように、全てが終わってから俺は皆の前に出るつもりだった。
しかし、俺はすっかり忘れていたのだ。ピヨは制止をきくような奴じゃない。いうなれば、初志貫徹。考えが至らないと判断したら、すぐに行動する奴なのだ。
そう、ピヨは既にクロの頭の上にいた。それに気づいたカギが目を見開いた状態でピヨを見つめている。美姫の視線もピヨに注がれていた。
「ふん、この俺から視線をそらすとはな。それとも敵わないと観念したか?」
クロの根拠のない自信は、一体どこからくるのだろうか。
いや、観念すべきなのは俺たちじゃなくて、お前――と、言う間もなく、ピヨのくちばしがクロの脳天めがけて振り下ろされた。
サクッという軽い音がした瞬間、クロは白目をむいてスローモーションのように倒れる。ピヨはというと、奇麗に着地して、素敵なテレマーク姿勢を決めていた。
――って、これ前に見たことあるような展開なのですがっ!
「ピヨッピッピピッヨッピピ」
ピヨがジェスチャーをしながら、美姫とカギに話しはじめる。俺はピヨ語は読み取れないので、何を話しているのかは予想するだけだ。
おそらく、僕の必殺技の「サクッ」は改心の一撃。これでクロさんは詩人のように哲学を追求し、自分を見つめ、語り続けることでしょう。と、説明しているところだろうか。
しかし、このままピヨを放っておくわけにもいかない。俺は、隠れるのも限界と判断して、とび出していた。
「カギすまない。お前には悪いとは思ったが、美姫さんに協力を願い出たんだ。そうでないと、クロの奴は他の猫にも被害を与えるかと思ったから」
お前の勇気次第と言っておきながら、裏で動いていた俺に、カギは不快感を覚えるかもしれない。言い返されるかと思ったら、カギは笑った。
「俺の相談を親身になって聞いてくれたもんな。いろいろと心配させてごめん。やっぱり、お前は親友だ。ありがとうボロス」
解決に向け、かなり遠回りをした騒動だったが、これにて無事完結。俺はカギと握手を交わした。
カギの体面も守れたし、ハナの依頼にも応えたし、美姫の機嫌も損ねずに協力も得ることができたし。解決の仕方は何であれ、騒動に全く関与していないピヨの改心の一撃で終了したのなら、誰も文句は言わないだろう。
と思ったら、美姫が俺を物凄い形相で睨みつけていた。
あれっ、何か失言したか? と、すこし考えて思い出す。違う。失言したわけじゃない。俺はすっかり忘れていたのだ。俺は美姫の前ではシマという名前だったということを。
「ボロスとは……一体どういうことだい?」
もうすこしはやく気づいていたら対応できたかもしれない。しかし、全てが遅すぎた。誤解を解く説明は、相手が疑問を結論に導くまでにしないと効果が薄れる。
ここで返答を間違えたら終わりだ。俺はギリギリの説明の選択を余儀なくされていた。



