三匹は並んで歩いていた。縦ではなく横に。カギとハナとクロという並びで。
さすがのクロも、ハナちゃんを挟んだ状態で喧嘩を仕掛けることはできないようで。けれど、ハナの視線が自分からはずれるたびに、カギを挑発するように睨みつける。
睨みつけられる度にカギは肩を竦ませる。俺がここに戻ってくるまでに、このやり取りを何回したのだろうか。カギの表情には疲弊感が滲み出ていた。
さすがにあれではカギも限界だろう。加勢で飛び出そうとした途端、美姫が前に出て俺をとめていた。
「あぶなっ! ぶつかるところだったじゃないか」
「あぶなくないよ。私はね。あんたが怪我はしそうだけど」
言われて否定できなかった。俺と美姫の大きさを比べると、倍近くあるからだ。これでは、軽自動車が大型トラックにぶつかるようなものである。
「もうすこし様子を見てみようじゃないか。カギはハナを好きなんだろう? それなら、両想いだ。本当にお互いが好きなら、どんな障害があっても平気なはずさ」
美姫は気楽に考えているようだが俺は違う。クロは絶対にカギに恥をかかせる瞬間を狙っているはずだ。そのためになら、どんなに卑怯な手も使うだろう。それこそ、ハナが幻滅するくらいに。
その時だった。ハナが目を離した途端、クロがカギに唾を吐きつけていた。当然、カギは嫌そうな顔をしてクロの唾を手でこすり取ろうとする。しかも文句ひとつ言わずに。
あいつらしいところだよな。と、思っていたら、それが引き金となっていた。
「おやカギくん。よだれを垂らして仕方ない奴だな。ハナさんを見て、欲情でもしちゃったかい? 気持ちはわかるけどね。ハナさんは奇麗だからな」
やっぱりやりやがった。しかも最低な手段で、カギの立場を失墜させやがった。
ハナはクロが何をしたのかわからない。しかし、カギが黙って唾を手でこすり取ろうとしているので、現場を見ていなければクロの証言を信じてしまう。
ここがカギの男の見せ所だ。いけ、文句を言ってやれ。
しかし、カギは小さな声で何か呟いただけだった。おそらく、「僕じゃないのに」といった、ぼやきだろう。しかし、それはハナに聞こえないくらいの小さな声だ。ハナからはカギが、どう見えるのだろうか。
「まずいね、ハナに迷いが生じている。それにしてもあのクロというオス。汚い演技に関しちゃ、助演男優賞ものだね」
「そんなこと言ってる場合か。このままだと、カギが下心でハナを助けたと思われちまう」
飛び出そうとした時、微かに美姫が笑うのを俺は見逃さなかった。その笑みの理由を俺はすぐに知ることになる。カギがハナに手を掛けて、引き寄せていたのだ。
「ハナさん。見送りありがとう。お昼の時間も過ぎたし、帰っていいよ。車通りは少なくなっているけど、気をつけて帰ってね。僕はクロと一緒に帰るから、安心して」
俺に相談してきた時とは違う。カギの心の内には決意があるように見えた。
あいつ、あんな性格だったっけ? と考える。そこで俺は気づいた。
そうだ。俺はカギに言ったんだった。「あとはお前の勇気次第だぞ」と。
驚いたのはハナよりクロだった。クロは自分の策略が上手くいったと思いこんでいたからだ。けれど、カギは自信で返した。自分はそんなことはしていない。ハナへの想いと決意は揺るがない。その意気を言葉ではなく、行動で示したのだ。それはクロがすることは、眼中にないという意思の表れだった。
「やるじゃないか。これでクロという男は何も言えなくなったね。そうさ、何があっても、最後に決まるのは人柄だ。見返りを求めない想いは、必ず相手に通じる」
ハナが「でも……」と言いかけると、カギは目配せで答えていた。カギの真意を受け取ったのだろう。ハナは一歩退く。そんな二人のやり取りを見ていたクロの額に、青筋が浮かびあがってきていた。
「おいカギ。よだれ男がすっとぼけてんじゃねえぞ」
「よだれ男? それは違うよ。君が唾吐き男というのは合っているけどね」
そうだ。俺は忘れていた。カギは頭がいい奴なのだ。頭を使うことに関しては誰にも負けない。クロの挑発に引っかかるわけがないのだ。
みるみるうちにクロの表情が変貌していく。もう、ハナがいることは頭の中にはないようだった。
「前から、貴様のその態度が気に入らなかったんだよ。その性格、俺が叩き直してやる!」
発せられたのは、前に俺に言ったセリフと同じだ。これが開戦の合図となり、怒号とともにクロはカギに襲いかかる。クロ得意の巨体を生かした突撃だ。
魚屋の前でクロと喧嘩をした時、俺はこの突撃を受けて地面に叩きつけられた。
そんなクロ必殺の攻撃を、カギは衝突寸前で横に避けていた。クロの動きを冷静に予測できていなければ出来ない動き。頭のいいカギらしい反応だ。
しかし、クロは避けられるのを想定していたのか、振り向きざま右の猫パンチをカギの首元に打ちこんでいた。さすがにこの攻撃にはカギも「ぐえっ」という、息が詰まった声を出してから、後ろに倒れこむ。
そうだ。喧嘩に於いて必要なのは、勇気だけではなく腕力もある。クロはカギより体格がいい。その喧嘩に於ける不利は、勇気だけではどうにもできない。
「偉そうに言ったくせに、その様か。俺に逆らったことを後悔させてやる」
クロが勝利を確信した声をあげる。
「くそっ、もう見てられねえ。美姫さん。とめても、俺は行くからな」
親友のピンチに飛び出そうとする。しかし、隣にいたはずの美姫の姿がない。
まさかと思って前を見ると、既に美姫が立っていた。
「そこまでだ! 男同士の喧嘩にメスの私が入るのもどうかと思うけどね。さすがにその体格差では出ずにはいられないよ。クロとやら、後悔したくなければ、そこで引きな」
凛とした姿で立つ、三帝王のひとりである美姫の姿は、今まで以上に大きく見えた。
さすがのクロも、ハナちゃんを挟んだ状態で喧嘩を仕掛けることはできないようで。けれど、ハナの視線が自分からはずれるたびに、カギを挑発するように睨みつける。
睨みつけられる度にカギは肩を竦ませる。俺がここに戻ってくるまでに、このやり取りを何回したのだろうか。カギの表情には疲弊感が滲み出ていた。
さすがにあれではカギも限界だろう。加勢で飛び出そうとした途端、美姫が前に出て俺をとめていた。
「あぶなっ! ぶつかるところだったじゃないか」
「あぶなくないよ。私はね。あんたが怪我はしそうだけど」
言われて否定できなかった。俺と美姫の大きさを比べると、倍近くあるからだ。これでは、軽自動車が大型トラックにぶつかるようなものである。
「もうすこし様子を見てみようじゃないか。カギはハナを好きなんだろう? それなら、両想いだ。本当にお互いが好きなら、どんな障害があっても平気なはずさ」
美姫は気楽に考えているようだが俺は違う。クロは絶対にカギに恥をかかせる瞬間を狙っているはずだ。そのためになら、どんなに卑怯な手も使うだろう。それこそ、ハナが幻滅するくらいに。
その時だった。ハナが目を離した途端、クロがカギに唾を吐きつけていた。当然、カギは嫌そうな顔をしてクロの唾を手でこすり取ろうとする。しかも文句ひとつ言わずに。
あいつらしいところだよな。と、思っていたら、それが引き金となっていた。
「おやカギくん。よだれを垂らして仕方ない奴だな。ハナさんを見て、欲情でもしちゃったかい? 気持ちはわかるけどね。ハナさんは奇麗だからな」
やっぱりやりやがった。しかも最低な手段で、カギの立場を失墜させやがった。
ハナはクロが何をしたのかわからない。しかし、カギが黙って唾を手でこすり取ろうとしているので、現場を見ていなければクロの証言を信じてしまう。
ここがカギの男の見せ所だ。いけ、文句を言ってやれ。
しかし、カギは小さな声で何か呟いただけだった。おそらく、「僕じゃないのに」といった、ぼやきだろう。しかし、それはハナに聞こえないくらいの小さな声だ。ハナからはカギが、どう見えるのだろうか。
「まずいね、ハナに迷いが生じている。それにしてもあのクロというオス。汚い演技に関しちゃ、助演男優賞ものだね」
「そんなこと言ってる場合か。このままだと、カギが下心でハナを助けたと思われちまう」
飛び出そうとした時、微かに美姫が笑うのを俺は見逃さなかった。その笑みの理由を俺はすぐに知ることになる。カギがハナに手を掛けて、引き寄せていたのだ。
「ハナさん。見送りありがとう。お昼の時間も過ぎたし、帰っていいよ。車通りは少なくなっているけど、気をつけて帰ってね。僕はクロと一緒に帰るから、安心して」
俺に相談してきた時とは違う。カギの心の内には決意があるように見えた。
あいつ、あんな性格だったっけ? と考える。そこで俺は気づいた。
そうだ。俺はカギに言ったんだった。「あとはお前の勇気次第だぞ」と。
驚いたのはハナよりクロだった。クロは自分の策略が上手くいったと思いこんでいたからだ。けれど、カギは自信で返した。自分はそんなことはしていない。ハナへの想いと決意は揺るがない。その意気を言葉ではなく、行動で示したのだ。それはクロがすることは、眼中にないという意思の表れだった。
「やるじゃないか。これでクロという男は何も言えなくなったね。そうさ、何があっても、最後に決まるのは人柄だ。見返りを求めない想いは、必ず相手に通じる」
ハナが「でも……」と言いかけると、カギは目配せで答えていた。カギの真意を受け取ったのだろう。ハナは一歩退く。そんな二人のやり取りを見ていたクロの額に、青筋が浮かびあがってきていた。
「おいカギ。よだれ男がすっとぼけてんじゃねえぞ」
「よだれ男? それは違うよ。君が唾吐き男というのは合っているけどね」
そうだ。俺は忘れていた。カギは頭がいい奴なのだ。頭を使うことに関しては誰にも負けない。クロの挑発に引っかかるわけがないのだ。
みるみるうちにクロの表情が変貌していく。もう、ハナがいることは頭の中にはないようだった。
「前から、貴様のその態度が気に入らなかったんだよ。その性格、俺が叩き直してやる!」
発せられたのは、前に俺に言ったセリフと同じだ。これが開戦の合図となり、怒号とともにクロはカギに襲いかかる。クロ得意の巨体を生かした突撃だ。
魚屋の前でクロと喧嘩をした時、俺はこの突撃を受けて地面に叩きつけられた。
そんなクロ必殺の攻撃を、カギは衝突寸前で横に避けていた。クロの動きを冷静に予測できていなければ出来ない動き。頭のいいカギらしい反応だ。
しかし、クロは避けられるのを想定していたのか、振り向きざま右の猫パンチをカギの首元に打ちこんでいた。さすがにこの攻撃にはカギも「ぐえっ」という、息が詰まった声を出してから、後ろに倒れこむ。
そうだ。喧嘩に於いて必要なのは、勇気だけではなく腕力もある。クロはカギより体格がいい。その喧嘩に於ける不利は、勇気だけではどうにもできない。
「偉そうに言ったくせに、その様か。俺に逆らったことを後悔させてやる」
クロが勝利を確信した声をあげる。
「くそっ、もう見てられねえ。美姫さん。とめても、俺は行くからな」
親友のピンチに飛び出そうとする。しかし、隣にいたはずの美姫の姿がない。
まさかと思って前を見ると、既に美姫が立っていた。
「そこまでだ! 男同士の喧嘩にメスの私が入るのもどうかと思うけどね。さすがにその体格差では出ずにはいられないよ。クロとやら、後悔したくなければ、そこで引きな」
凛とした姿で立つ、三帝王のひとりである美姫の姿は、今まで以上に大きく見えた。



