〇月×日(晴れ)午前七時

 天気は快晴、向かい風なので気づかれる心配はなし。では、侵入開始!
 穴に頭は入ったぞ。頭が入ればこっちのもんだ。俺なら出来る。頑張れ俺。
「おおっ……いるいる。あるある」
 トタンの亀裂から無理やり入ったので、すこし背中が擦れてひりひりするが、俺はパラダイスを目の前にしていた。
 紹介が遅れた。俺は雉猫のボロスである。ここいらでは名の知れた野良猫だ。
 今日の朝飯はタマゴと決めていた。それなのでニワトリ小屋に侵入したわけだが、どのタマゴにするか悩む。穴から顔を出した途端、俺の侵入に気づいた親鳥さん全匹が見てるし。取り敢えず睨み返したら、みんな鳴きはじめるし。
 こうなると人間がくるのでまずい。即座に任務を遂行しなくては……と、思ったところで、きらきらと光り輝く物が見えた。
 いつもの俺なら何の迷いもなく、近くのタマゴを取っていたのかもしれない。しかし、光は俺の興味を惹くのに十分過ぎた。引き寄せられるように光に向かって歩いていく。
「これがタマゴなのか?」
 光を放っていたのは、黄金色のタマゴだった。何度かここの鳥小屋に入ったことはあるが、金色に輝くタマゴを見たのははじめてだ。
 思わず生唾が出てしまう。これは絶対に美味いに違いない。何を隠そう自慢じゃないが、俺はグルメなのだ。ここで一口でいただくのはなんなので、安心できる場所でじっくりと味わうことにする。
 騒ぐ親鳥たちを無視してタマゴをくわえると、俺は意気揚々ときた穴から外に出た。
 任務完了。タマゴを割らないように慎重に自分の家まで運ぶことにする。家といっても俺は野良だ。しかし、こんな俺でも餌をくれる何軒かの家があり、毎日気ままに訪れる場所を決めては安心できる寝床として間借りしている。
 今日は、そのなかの一軒。佐藤宅に行くことにする。
 未だ騒ぎが収まらない鳥小屋を後にして、俺は茂みをかき分け、垣根を抜けた。
 今から行く佐藤宅には老夫婦が住んでいるのだが、この時間なら夫婦も外に出ることはまずない。ラジオ体操から帰ってきたばかりで疲れているからだ。
 佐藤宅に着くと、庭から入り餌場に行く。そこにはいつも通り、おかかご飯があった。
「ふっふっふっ、今日は久々のタマゴかけおかかご飯だ。あっ、そういえばこの日のために煮干しを隠していたな。どこに置いたっけ?」
 取ってきたタマゴをすぐには割らずに、慎重におかかご飯の上に置く。グルメな俺は鮮度が大事ってことを知っているのだ。
「あったあった。さてと、この煮干しをタマゴかけご飯のおかずに……」
 振り返った途端、今までいなかった何かと目が合う。そいつはタマゴかけご飯の上にちょこんと立っていた。黄色い体とふたつの黒い目、鮮やかな黄色のくちばしと未熟な翼。
 そいつからすこし視線を落とすと、タマゴのかけらがあたりに飛び散っていた。
「おわああっ! 俺の俺の、タマゴかけご飯があ!」
 思わず尻もちをついて叫ぶと、目の前の黄色い奴は「ピヨ?」と言いながら首をかしげる。そして、そのまま俺の後ろのほうに駆けていき、尾にしがみつくと鳴きはじめた。
 ――いやいや、落ち着け俺。タマゴが孵ってヒナになっただけじゃないか。何もメニューはタマゴかけご飯一択ではないわけだ。鳥ご飯にしてもいいじゃないか。
 取り敢えず思考終了と思いきや、ヒナはあろうことか、俺の煮干しをくわえて飲みこんでしまっていた。
「おわああっ! この野郎、俺のおかずを! 調子にのりやがって……天は許しても、この俺さまが許さん」
 相手はヒナだから、すこし情けをかけてまず宣戦布告する。そして、俺は一気にヒナに襲いかかった。喧嘩慣れした俺の爪にかかって、無傷だった者はこの世に一匹もいない。
 しかし、俺の爪がかかると思った瞬間、ヒナの眼光が鋭く光っていた。それは、敵をも恐れぬ防衛本能だ。
「ピヨッピヨッピヨッピヨッピヨッピヨッ!」
 何度も突き出されたくちばしが、俺の右手の肉球全てにクリティカルヒットする。
 それが後に、ピヨと名付ける金色のタマゴから孵ったヒナと俺との出会いだった。