右肩の蝶、飛んだ。



静かに、蝶矢はそれだけを言うと私に近づいてきた。
私が黙って首を振ると、眼鏡の奥の瞳が冷たく光る。

「『涙を食べ物にする』って意味です。蝶は、鰐や亀の涙を飲むらしいです。涙の中の成分が蝶の役に立つらしい」

何故、突然そんな事、言うんだろう。固まった私の肩に、蝶矢の手が伸びた。
その手は、優しく私の腕を這い、ゆっくりと指先に降りてくると私が手に持っていたカバンを奪う。

「人の涙を食べて生きて来た癖に」

風船が割れるような、破裂音。
違う。奪われたカバンが、窓に叩き落とされたんだ。


「俺の前で貴方が被害者面するのは――おかしいんじゃないですか?」

そ、うだ。
蝶矢が虐待されて、笑わなくなっても私一度も庇わなかった。
蝶矢の心が流した涙で私は生きてきた。
だから、――そんな過去を思い出したくないと蝶矢から逃げだしたいと願う。

叩きつけられたカバンから中身が全て飛び出した。

化粧道具、携帯、スケジュール帳、ハンカチ、財布。


でも蝶矢はそのどれも目にくれず、自分の足元まで飛んできたあるものを持ちあげた。

「何ですか、これ」