ホテルの応接間に案内された後も、私の全身からは変な汗が噴き出ていた。
緑をふんだんに使った、自然溢れるホテルで、天然の鮎が食べられるのが自慢のようだ。
案内された応接間からは、緑の木々から、木漏れ日が光のカーテンのように地面へ落ちていて――心が洗われる様な美しさなんだと思う。
実際に直臣さんは綺麗だと感嘆の声を上げている。
でも私は駄目だ。今すぐ、逃げ出したい。
大声を上げて狂って逃げ出してしまいたい。
優しく笑う、落ち着いた男に擬態した蝶矢に私は敵わない。
そんな気がして不安で怖かった。
「胡蝶、大丈夫だよ」
外の景色を見ていたはずの直臣さんが、ソファに座り俯いていた私の顔をいつの間にか覗きこんでくれている。
優しく、幼子を諭すようにその声色は甘く温かい。
「俺は胡蝶が言いたくないなら聞かない。初めて会った時から君が名字を名乗るのを怯えていたのを俺はずっと忘れていないから」
「直臣さん」
「俺は、俺と過ごした6年間の君が好きであって、昔のキミに興味はないよ。大丈夫」



