右肩の蝶、飛んだ。


日田駅に着いて、すぐに黒のアウディが停まっているのが見えていた。
日田に足を踏み入れるのは14年ぶりだ。小学校6年までしかこの地には居なかったから、懐かしい。
駅前の可愛い雑貨屋さんや、水曜になると大盛りポテトが半額になるファーストフード屋さんはまだあるのだろうか。

車から降りて来た、その人を見たのはそんな、心を躍らせていた時だった。

磨かれた上等な靴が視界に飛び込んで来た。


「初めまして、美崎さん」

突然、壊された。羽音もなく飛ぶ蝶のように、すぐ傍にいたとしても、気付けなかった。


「高山グループのホテル『月光』の取締役をしています高山 蝶矢(たかやま ちょうや)です」

銀のフレームが知的で、物腰や雰囲気、身に付けている時計や靴、全てが彼の育ちの良さが伺える、大人の色香を漂わせる人。
柔らかい笑顔は、思わず赤面してしまいそうなほど、素敵だ。



でも、――分かる。

思わず盛大に舌打ちしてしまいそうになるほど、分かる。
蝶矢なんて、珍しい名前、そうそう居ない。
彼を私は良く知っている。
もう、二度と会わないと思っていたのに。