「そうですね。温泉に入るのに日帰りできますしね」
適当に笑うと、彼は歯磨きに立つ。
私は窓の外を見ながら、不安がまだ胸を襲っている。
一時間ちょっと離れただけで私の心が安息を手に入れるなら、絶対にもう近づきたくないのに。
電車から見えるのは、山や田んぼばかり。
なのに、私の心の中には、あの時の綺麗な黒アゲハ蝶が飛んでいる。
目的も当てもなく自由に、ヒラヒラ、ヒラヒラ。
ファンデーションを取り出すと、鏡に映しだした不安げな私の表情を塗り隠していく。
大丈夫だ。大丈夫。
日田には、会いたくない人なんていないはず。



