校舎から離れて建ってる小さなプレハブには陸上部の部室がある。
 人に誇れる成績が残っている訳ではないが、素晴らしい選手は毎年1人は入ってくる。
 そんな、陸上部の部室に眠そうな目をした部員がいすに座りながらこっくりこっくりしていた。彼女の名前は、雨宮美園(あまみやみその)。陸上部、唯一の一年であり、唯一のマネージャーである。
 美園が背もたれに体重をかけすぎ現実離れした角度に傾いたその時、勢いよく部室の扉が開き、美園は思い切り倒れ、椅子ごと弾んだ。
 「元気かいー!」
 思い切った叫び声で入ってきたのは、部長の笹子鮎(ささこあゆ)である。笹子は、美園の今の姿を見るなり「椅子と仲が良いんだね」と言って自分の席に向かった。
 「助けてはくれないんですね…」毎度のことなので慣れてはいたがやっぱり助けてほしかった。そんな、美園の思いが微塵も届いていない笹子は目の前にあるお菓子に手をつけていた。笹子のお気に入りは棒状のクッキーにチョコがかかってる『パッキー』というものであり、毎度それを美味しそうにポリポリとかじるのが活動前のお決まりの風景である。
 美園が椅子に座り直し、笹子が早くも二つ目の箱に手を伸ばした頃。また扉が開き銀縁眼鏡の男子部員が入ってきた。
 「片山純(かたやまじゅん)!ただいま到着しました!」
 勢いよく入ってきた片山に驚いて笹子は箱を破いてしまった。「あらら。やっちゃった」なんとも呑気なセリフだった。
 片山は急いで物陰に身を潜め手で鉄砲を作り玄関に向けながらしばらく動かなかった。
 「純先輩は、今日も変ですね」
 美園の声は、片山の耳を通り抜けて宙へ浮いた。
 その後、ゆっくりと部室に入ってきた女子部員の茂木綾(もぎあや)が宙に浮かんでいた言葉を拾って「純は今日も変だな」と同じ言葉を繰り返し言っていた。
 これで陸上部員、女子3名男子1名、二年3名一年1名が部室に揃った。部活動開始10分前のことだ。それからの10分間片山は一度もその場所を離れなかった。