僕と蝶々

ただただ、彼女は僕を見ていた。
ただただ、僕は彼女を見ていた。






河原の近くの木の下でうずくまりながら泣いている千佳。
佐々木は、タバコをふかしながら、千佳の背中を見つめていた。



佐々木は、千佳の涙に誘われるように歩き出していた。


千佳にハンカチを差し出す、佐々木。
千佳は、びっくりして佐々木を見る。
佐々木は、背が高く、着ていた着物がとても似合っている。
千佳は、少し見惚れていた。



「ひどい顔だね。
心配しなくても人さらいの趣味はないよ」


千佳は、泣きながら佐々木を見た。



「私、あなたを知ってるわ。
前に泣いてた」

「……そうか。見てたんだね」



頷く、千佳。




「君も最近よく泣いているよね」

「見てたの? ストーカー?」

「ははっ。ホントだね。
そうかもしれないね」

「ちょっと…笑い事ですか?」

「ごめん、ごめん。
でも、君の泣き顔は、綺麗だと思っていたよ」




微笑む佐々木の顔を見て、顔が赤くなる、千佳。



「なぜ泣いてたの?」

「家に帰るのが怖いの…」

「何故?」

「…聞かないで」




千佳の手は震えていた。
よく見ると顔には傷がある。
唇も切れているようだ。




佐々木を見つめる千佳の目は、助けて欲しいと訴えかける子猫のようだった。
佐々木は、そんな千佳のことをほっておくことは出来なかった。




千佳は、思い立ったように佐々木の袖を掴んだ。



「あの、私を拐ってくれませんか!」



唐突の千佳の発言に吹き出す、佐々木。



「ふっ。はははっ…君、面白い子だね。イメージと違ったよ」



「え?! な、何なんですか!
何かちょっと失礼な気がするんですけど!」


「ふふ…まぁ、来なさい。
お茶くらいなら出すよ」




歩き出す、佐々木の後についていく千佳は、まるで猫のようだ。





佐々木の家は、さっきまでいた河原からすぐ近くの一軒家だ。
菜園している野菜や花たちが、夕日の赤に反射して火照るように光っている。




紅茶を千佳に差し出す、佐々木。
イギリスのカフェに置いてありそうな美しいティーカップだった。




千佳は、佐々木の顔をじっと見つめていた。
夕日に照らされた、佐々木の目や髪、白い肌の色が千佳にとって胸を熱くさせるものがあった。




千佳に気づき、微笑む佐々木。



「どうしたんだい?
急に大人しくなって」

「何も聞かないんですか?」

「何か聞いて欲しいの?

「別にそんなつもりで言ったわけじゃ……じゃあ、どうして私に声をかけたんですか?」

「声をかけてほしそうだったからだよ」

「え?」

「気にして欲しいから、人が見ているかもしれない場所で泣くんだろ?気にして欲しくなかったら、僕なら誰もいない場所で泣くよ」


千佳は黙り込でしまう。
恥ずかしかったのだろう。
千佳は、見透かされた気持ちになっていた。



「それに僕も君が気になった。
お互い望んだことをしただけだよ。君は、いつもあの河原で泣いてるだろ?
でも今日は、いつもと泣き方が違ったから、思わず声をかけてしまった…ってとこかな」


「ほんとにいつも見てたんですか?」

「君が…いつもたまたまいたんだよ」





千佳は佐々木に見つめられ目を反らす。


「…家に帰ったら母が男の人といたんです。
ただいまも言わず扉をそっと閉めたの。
あの人が帰るまで家には帰りたくなくて…」


「そうか、なら今日は落ち着くまでここにいなさい。後で送るよ。
君、名前は?」

「小暮 千佳」

「僕は、佐々木 修二。
君、東京東高校の2年生だろ?」

「何で知ってるの?」

「その制服とリボンの色で分かるよ。それに…いや。この話は今必要ない...そうだ。千佳、お腹は空いてないかな?」

「え?」

「僕のご飯は美味しいよ。
スーパーに行こうか。嫌いなもの教えてよ」

「……ピーマン」

「じゃあ、今日はチンジャオロースだね」

「え…? 佐々木さん? 私の話聞いてました?!」



微笑む佐々木を追いかける千佳の顔は、どこか嬉しそうだった。




-こうして、甘い蜜に誘われた蝶々とその愛くるしい蝶々を捕まえてしまった男の話が始まったのである。