ドキドキさせられてばかりなんて、嫌だ。
車に荷物を詰め込むと、二人で大家さんのところにいった。
挨拶をして鍵を返す。
あのカフェで働き始めてからここで一人暮らしを始めた。
戸惑うことが多くて、仕事に家事に疲れ果てて泣き言を言いたくなることもあった。
一人なんだから、頑張りすぎなくてもいいや、ってことに気づいてからは手を抜くことも覚えて。
一人の時間を楽しむ余裕もできた。
私の楽しいことも、辛いことも、たくさん知ってるこの部屋とも、今日でお別れだ。
今日からは、椋平の家で、楽しいことも、辛いことも重ねていく。
椋平の隣で、椋平と一緒に。
同じ時を重ねていくんだ。
椋平の手をそっと取る。
椋平が私を振り向き、微笑んだ。
私もそれに微笑み返すと、握った手に力が込められる。
アパートから出て、車まで歩く道のり。
ふと、前から人が歩いてくるのが見えた。
帽子を目深にかぶった、チェックのシャツを羽織った男の人。
ビクッと一瞬体が震えた。
あの男を、思い出してしまった。
いるはず、ないのに。


