大切な物を拾ってくれた海堂瑞穂(かいどう・みずほ)にお礼を言えず、それきり彼と話すきっかけやチャンスもないまま、永愛(とわ)は浮かない気分で毎日を過ごしていた。

 もうすぐ夏休みが始まるというのに明るい気持ちになれないのは、海堂瑞穂に対する気まずさを引きずっていたからだが、それだけではない。

 そのことを彼氏の秋良宗(あきら・しゅう)に相談したら、こんな言葉が返ってきたからだ。

「永愛ちゃんの気持ちも分かるけど、不安なのは海堂君も同じだと思うよ。もし僕が海堂君の立場だったら、拾った物を無言で受け取られたら、永愛ちゃんに嫌われてるのかもって感じると思うし」

 秋良宗は、誰に対しても優しく品のいい、成績優秀な男子生徒だ。爽やかさを絵に描いたような容姿なので、男子だけでなく女子や教師達からの人気も高い。

 永愛も、秋良宗のそんな性格に惹かれて告白した口なので、それだけに彼の言葉は心に深く突き刺さった。

(秋良君ですらそう思うんだ……。そうだよね。あの時の私、すごく感じ悪かった。どうして気付かなかったんだろ。自分のことしか考えてなかったよ……。もっと明るくて社交的な性格だったら、海堂君にも嫌な思いさせることなく普通にありがとうって言えたんだろうなぁ……)

 考えれば考えるほど、秋良宗の言葉が頭の中で大きく膨らんでくる。

 だからといって、今さら「あの時はごめんね、ありがとう!」なんて言いに行けるほどの度胸もなく、今に至っている。

 永愛が悩んでいることに気付いた女友達の奈津は、あきれたように声をかけた。

「また海堂のことで悩んでるの?あれからもう1週間くらい経ってない?向こうは忘れてるって」
「そうなんだけど……。時間が経つほど考えちゃって」
「そんなに気になるなら話しかければいいじゃん」
「無理だよっ……。男子と話すなんて……。秋良君と付き合えたことだって奇跡と思ってるし……」

 奈津が取り持ってくれなかったら、永愛は秋良宗と話すらできないほど奥手だった。

「私も、永愛と秋良君が付き合うことになった時はビックリしたよ!ありえないって思ってたし!」
「え……?」

 奈津の言葉に、永愛は一瞬、心が冷える感覚がした。

「そうだよね、私と秋良君じゃ全然つりあわないもんね……」
「ウソウソ!そんな悲しそうな顔しないで?ちゃんとおめでとうって思ってるからっ」
「なっちゃんのおかげだよ。秋良君と話せるように色々協力してくれたから」
「協力したかったっていうか、ちょっと面白かったからなんだけどね」

 また、永愛の胸はチクリと痛んだ。

(面白かったって、どういう意味?)

 尋ねる前に担任教師がやってきて、クラス全員に着席するよう言った。