目を開けると、無機質な部屋の中だった。部屋というより、研究室と言った方がしっくりくる。

 花火大会の会場で組織の人間に連れ去られた永愛は、失っていた意識をようやく取り戻した。固いベッドの上で体を起こし、ぼんやりする頭で状況を確かめようとしたが、何も分からない。

 ここがどこかも分からないのは当然だが、それよりももっとあり得ないことが彼女の身に起きていた。

「私は誰……?」

 自分に関する記憶が、一切消えている。

 今まで何をしてきたのか、どこの人間なのか、まるで分からない。

「目を覚ましたようだね」

 部屋に入り穏やかに尋ねるのは、初老の男。ABU最高司令官のジョセフだった。

「あなたは…?」
「私はジョセフ。宇宙を統括する組織・ABUの責任者だ。そして君は、私の補佐役をする優秀な魔術師として組織に在籍している」

 永愛の腕には、腕輪が巻き付けられている。この世界のアイテムで、点滴をコンパクト化した物だ。地球の点滴や注射と違い針を刺す時の痛みはなく、体に密着させたまま移動できるので大変便利だ。

 永愛に投与されているのは、元々高い彼女の魔力をさらに上げる薬だった。

「私は魔術師……?」
「そうだよ。その若さで数々の業績を残し、14歳にして最高幹部となった」
「なぜこの場所に?普段の私は何をしていたんでしょうか?」
「偶然、敵国の襲撃に遭った私を、君は体を張って守ってくれたんだ。それで意識不明になった。でももう心配ない。じきに任務に戻れる」
「そうですか……」

 ジョセフの洗脳は始まっていた。永愛は、うつろな瞳で空を見ていた。



 いなみに事情を話し花火大会を抜けてきた瑞穂は、その足でエモリエルの自宅アパートに来ていた。

「ここからエルガシアに空間転移します」

 エモリエルの故郷エルガシア。永愛のおまじないで被害を受けたJ区画内の世界である。

「あなたの能力があって本当に良かったです、瑞穂君」
「……素直に喜べないけどね」

 永愛の居場所が分かったのは、瑞穂の特殊能力のおかげだった。彼の能力は、当たる占いをすること。それは、近未来を予測できる力のことをいう。

 その能力で永愛の身柄が研究所に拘束されていることを知った瑞穂は、エモリエルにJ区画への空間転移を頼んだ。

「それでは、しっかり掴まっていて下さいね」
「分かった」