「あの、海堂君?」
「瑞穂でいいよ」
「え……?」

 そのまま手を引かれ洗面所まで来ると、瑞穂はようやく永愛の手を離した。何が何なのか分からず永愛が戸惑っていると、瑞穂はおもむろに水道の水を出した。

「手、黒くなってるからご飯前に洗いたいかなと思って」
「あ、そっか。ありがとう」

 言われるがまま水に触れても、永愛の手にはまだ瑞穂のぬくもりが残っているように思えた。

(急に手握られたからビックリした……)

 ドキドキが止まらない。火照る頬を隠すようにうつむき手を洗い終えると、瑞穂も続いて手を洗った。彼の背中を、永愛はジッと見つめてしまう。

(いつも一緒にいるけど、こんなに近く感じたの初めて。私より広い背中。海堂君も男の子なんだなぁ……)

 瑞穂は友達なんだからこんなことを考えたらいけない。永愛がブンブン首を振って思考を落ち着けようとしていると、手を洗うのをやめないまま、瑞穂が言った。

「渡辺さんに名前で呼ばれたい。ダメ?」

 甘えるような視線が、普段の頼もしさとのギャップを感じさせる。永愛の胸はまた、静かにトクンと鳴った。

「あの、私だけ名前で呼ぶのはなんか恥ずかしいから、海堂君も私のこと名前で呼んでくれる?」
「エモリエルのことは最初から名前呼びなのに、俺には恥ずかしいの?」
「そ、それはっ……!あんまり深く考えてなかったというか、皆もエモリエル君のことそう呼んでたからつられてっ」

 アタフタする永愛に、瑞穂はクスリと困ったように笑った。

「ウソだよ、ごめん。意地悪言った」
「ううんっ!み、み、み、瑞穂、君っ……」
「よくできました」

 かかっていたタオルで水気を拭き、瑞穂は永愛の頭を優しくポンポンとなでた。

(心臓の音、おかしいっ!さっきからドキドキしっぱなしだよ……。エモリエル君にだってさっき頭なでられたのに、瑞穂君に同じことされるとどうしてこんな風になるんだろう!?)

 名前を呼ぶこともそう。エモリエルに対しては気楽にできるのに、瑞穂相手にだとすんなり呼べない。

(もしかして、これって……)

 思いかけた時、ダイニングルームのエモリエルに呼ばれた。

「お二人とも、準備ができましたよ〜」

 どちらかともなく、永愛と瑞穂は目を合わせ、

「行こっか、永愛」
「う、うんっ!」

 どこか甘い、瑞穂の声。彼に名前を呼ばれるとくすぐったい気持ちになる。

(私、瑞穂君のこと、好きになってる…?)

 毎日一緒にいたから、気付けなかった。

 この時永愛は初めて瑞穂への想いを自覚した。









…6 名前を呼ぶ声…(終)