奈津はため息をつき、海堂瑞穂の方を見ながら言った。

「何があったか知らないけど、海堂のことなんて放っておけばいいよ」
「え、そうなの、かな?」
「だってアイツ、このクラスになって3ヶ月も経つのに友達作る努力もしてないし、ひとりで音楽ばっか聴いて誰ともしゃべらないし。居ても居なくても同じだよ」
「う、うん…。そうだね」

 奈津の声が海堂瑞穂に聞こえてしまっていないか、永愛はヒヤヒヤした。同意する声もぎこちなくなる。

(なっちゃんはいい子だけど、こういうことも言うんだよね……。こんな時どう返していいのか、やっぱりまだ分からない)

 奈津が誰かの悪口を言うたび、永愛はモヤモヤした心持ちで話を合わせていた。

 悪口を言われる側の立場や気持ちは痛いほど分かるのに、永愛はどうしても、奈津の言葉に反対する勇気が持てないでいる。



 小学4年生の頃、永愛はこの地に引っ越してきた。父親がリストラにあった影響だ。

 方言が変わるほど遠くからやってきたので、引っ越してきたばかりの頃、永愛はクラスメイトの児童達からものすごくからかわれた。

「何!?今何て言ったのー?」
「わけわからん言葉使うなよ〜」
「転入生、もう一回しゃべって!!」

 それまで自分の言葉だと思い当たり前に使っていたセリフを生まれて初めて馬鹿にされ、ものすごく恥ずかしいと思った。

(ダメだ。ここでは皆の言葉に合わせないと…!)

 小学4年生の永愛は、無口になることで自分を守った。おとなしくなったことをさらにからかう児童もいたが、小学校を卒業する頃にはそれもおさまりつつあった。

 今では何とか周りの生徒と同じ言葉で話せるようにはなったが、まだ完璧ではない。それに、話し方をからかわれた過去のショックも抜け切らないので、人見知りに拍車がかかっている。

(あの時、コボルトのメダルキーホルダーを買って、パステルに載ってるおまじないを試したらなっちゃんと友達になれた…!)

 おまじないは彼女の生きる術であり、同じく不思議な効果のあるグッズは学校生活を無難に乗り切るための必須アイテム。

(なっちゃんが話しかけてくれてから、私はこの土地でやっと人と話ができるようになったんだ)

 自分に言い聞かせ、奈津の言動をスルーした。

 そんな平穏な暮らしが少しずつ変わっていく未来を、この時の永愛は知らなかった。