(よかった。壊れてない……)

 両手で握りしめていたコボルトのメダルキーホルダーを見て、永愛はホッとした。

(これのおかげで、私はこうして普通の学校生活を送れてる。海堂君、拾ってくれてありがとう)

 もう一度、最後列の席にいる海堂瑞穂の方を振り返ったが、目が合うことはなかった。彼がああして一人、教室で音楽を聴いているのはいつものことで、もう誰もそのことを気に止めたりはしなかった。

 夏休みが目前に迫った7月の昼休み。クラスメイト達は皆浮かれている。

 騒がしい教室の中でひとり席に座り頬杖をつく海堂瑞穂の姿は、永愛の目に凛々しく映った。

(よく一人で行動できるなぁ。海堂君は仲間はずれとかいじめられたりするのがこわくないのかな?あ、そっか。男子はそういうのがないのかも。自由に行動できるとこ、ちょっとうらやましいな)

 お礼を言いそびれた後ろめたさなのか、その日は海堂瑞穂のことが気になって仕方なかった。

「さっき海堂としゃべってなかった?浮気者〜」

 ぼんやりする永愛を茶化すようにやってきたのは、同じクラスの女友達・瀬川奈津(せがわ・なつ)である。永愛と奈津は、小学生の頃から4年ほどの付き合いだ。

「なっちゃん…!違う!浮気なんかしてないよっ!海堂君とは全然しゃべってなんかないし」
「あははっ、ウソだよ。永愛が浮気なんてできるはずないし!」
「そうだよ、なっちゃん」

 人見知りで目立たない永愛が唯一こうして気楽に話せる相手は奈津だけだった。

「私には秋良君がいてくれるから」

 実は、つい最近、永愛には秋良宗(あきら・しゅう)という彼氏ができた。

 秋良とは同じ学年だが違うクラスなので密かに片想いをしていたのだが、奈津が取り持ってくれたのと恋が叶うおまじないグッズのおかげで、晴れて付き合えることになったのである。

「だよね。秋良君がいるんだから、他の男子なんて興味ないよね!」
「当たり前だよ」
 
 奈津は、明るすぎずおとなしすぎず、誰とでも最低限の会話ができる可愛い顔をした女子だ。永愛は、奈津のそんなところを尊敬していた。

「なっちゃんってすごいよね。私もそんな風になりたいな。そしたら海堂君にもちゃんとありがとうって言えたかもしれないし……」
「へえ。海堂としゃべってたのってそのことで?何かあったの?」
「うん。ちょっとね」

 海堂瑞穂との間にあった出来事を、なぜかこの時、永愛は話せなかった。隠すようにカバンにしまったコボルトのメダルキーホルダーをにぎりしめる。