(しまった…!)

 手を伸ばした時にはもう、彼女の宝物はクラスメイトの男子の足元に転がってしまっていた。昼休みももうすぐ終わる。

 教室最後列の席に座る海堂瑞穂(かいどう・みずほ)は、音楽プレイヤーのイヤホンを耳にしたまま自分の足元に転がってきたそれを拾い上げた。

「これ……」

 瑞穂は、手にしたそれを見て軽く目を見開き、落とし主である女子に目を向けた。

 彼女の名前は渡辺永愛(わたなべ・とわ)。同じ2年B組になって早3ヶ月になるが、彼女と直接関わったのはこれが初めてだ。

「渡辺さんの?はい」

 床で拾ったそれを瑞穂が渡すと、

「っ……。あ……」
「?」

 うつむき、恐る恐る受け取った永愛は、ありがとうの言葉を飲み込み、逃げるように自分の席に戻っていった。

(はじめて話したな。にしてもあの反応ーー)

 永愛の反応に引っかかるものを感じつつ、瑞穂は冷めた顔で再び音楽鑑賞に戻った。頬杖をついて眺めた窓の外には、夏の青空が広がっている。


(ダメだ。まだ心臓がバクバクしてるよ……)

 宝物を拾ってくれたことのお礼を口にしたかったのに、永愛にはそれがとても難しいことに感じた。

 なぜなら、海堂瑞穂は学年でも有名な「クールで近寄りがたい男子」だからだ。何を考えているのかわからない、いつもひとりで行動してる、でも謎が多くてかっこいい、など、同級生達の評価が真っ二つに分かれる男子生徒。

(普通の男子と話すことすら無理なのに、海堂君に「ありがとう」なんて、絶対無理!関わったら何が起きるか分からないしっ)

 小心者で人見知りな性格の永愛は、中学2年になった今も、おまじないグッズに頼らないと学校生活すらままならない繊細な神経の持ち主だ。

 海堂瑞穂に拾ってもらったのは、小学生の頃から今までずっと大切にしてきた、おまじないグッズ。コボルトのメダルキーホルダー。これには、楽しく平和に学校生活を送れる効能があると言われている。

 中高生に人気の占い専門雑誌『パステル』は毎号発売している永愛の愛読書であり、コボルトのメダルキーホルダーも、パステル内で通信販売しているおまじないグッズのうちのひとつなのだ。

 ひとつ千円前後する、中学生にとっては高値の買い物だが、少ないこづかいを減らしてでも、永愛にとっては買う価値がある物だった。