「ここにはよく来るの?」
『たまにね、真夜中は初めてかな』
「彼女と?」
千鶴は僕の顔を覗き込んだ。
彼女の率直な質問に、少し考えて僕は首を横に振った。
『ううん、そんなんじゃないよ』
彼女は僕の答えが自分が予想していた答えと違ったらしく、少し驚いたような表情を見せた。
でも、それは本当のことだった。
前に一度、ショッピングに来たことがあっただけだった。
「女の子と来たのは今日が初めて」そう言いたかったけど言えなかった。
『これからどうするの?』
僕は話題を変えた。
「これから?」
『うん、明日から』
ああ、と言って彼女は視線を自分のスニーカーに落とした。
両手で靴紐をほどいたり結んだりしながら、何かいろいろと考えているようだった。
小さな彼女がさらに小さく見えた。
「明日のことは……明日考える!」
彼女は顔を上げて微笑んだ。
『そう……』
僕にはその笑顔が作り物のように見えた。
そして、その笑顔が逆に本当の何かを隠しているようにも思えた。
「でも、もし……」
『うん』
彼女は表情を変えて、もう一度視線を靴紐に落とした。
「私が田舎に帰ったら……悲しい?」
なんて答えよう?
正直に言うべきなのだろうか。
『もちろん……悲しいよ』
「それはどうして?友達だから?」
僕は言葉を探していた。
彼女のその言葉は、そんな僕にくれた最後のチャンスのように感じた。
でも僕は何も言わずにジッと景色を眺めたままだった。
『そう……友達だから』
結局、僕が口にしたのはその言葉だった。
そうだよね、と彼女は靴紐を触りながら囁くように言った。
彼女の少し俯いた横顔が水面に反射する青白い光に照らされていた。

