彼女のその言葉に僕はドキッとした。
その時、初めて焦っていた自分に気付いた。
彼女はどれだけ僕のことを見ていて、どれだけ僕のことをわかっているのだろう。
それはほんの些細な仕草や行動からも、僕の心理を汲み取っているのだろうか。
逆に言えば、彼女はそれだけ繊細な人であるのだ。
『……かも知れない』
僕が言葉を濁すと、彼女は膝に置いていた鞄をさっと手に持ち、もう片方の手でドアノブに手を掛けた。
「じゃ、行くね」
『うん、今日はありがとう』
いつもなら車の中で少し話をしてから彼女は車を降りる。
それは僕と彼女の間で自然に出来たルールみたいなものだった。
そのことには気付いていた。
でも、僕はあえて美貴を引き留めようとはしなかった。
彼女もそのことには気付いていたはずだった。
というよりも、彼女はそのことに気付いていたから、自分から「行くね」と言ったのだ。
僕に気遣って……。
ドアを開けて片足を地面に下ろした時、彼女の動きが一瞬止まった。
美貴はその瞬間、その背中に僕の言葉を待っているように思えた。
『また明日、喫茶店で……』
「うん、また明日……」
ドアを閉めた彼女は、そこから一度も振り返ることなく走っていった。
きっと彼女が待っていた言葉はそんな言葉ではなかった。
自分がひどい奴だということはわかっていた。
でも、そう言うしかなかった。
もし彼女が普段通り、話をしてきたら僕は帰らずにここに居たはずだった。
僕を引き留めるのは簡単なことだった。
でも彼女はそんなことはしなかった。
美貴はきっとわかっていた。
だから彼女は何も言わなかったのだ。
だって美貴は僕のことを僕自身よりもわかっている人だったから……。

