「帰っちゃったな……」
貴久の声が聞こえて、僕は我に返った。
その時、僕の意識は完全に千鶴の後姿にあった。
『え?』
「何ボーっとしてるんだよ?」
彼は溜息を一つ地面に吐いた。
「じゃ、俺も帰るな……終電乗り遅れたら困るし」
『ああ……そうだな』
「あ、美貴さんが目を覚ましたら、よろしく言っといて」
そう言って彼は駅の方に歩きだした。
それは決して終電を気にしているような歩き方ではなかった。
足取りは重く、ひどく疲れているようにも見えた。
そんな彼の姿を見て、一目でだいたいのことがわかった。
それまで千鶴と上手く話すことが出来たのか気になっていたが、逆にそれは訊いてはいけない質問になってしまっていた。
そんな彼の背中を見送った後、僕はすぐ車に乗り込んだ。
クラッチを踏みこみ、ギアをローに入れ、僕はすぐに車を発進させた。
僕は焦っていた。
ボーリング場から美貴の家の近くの公園までは、普通に走っても15分程度だったが、僕は10分くらいでそこに着いた。
僕が車を停めたと同時に、助手席から美貴の声が聞こえた。
「さっきはごめんね」
『美貴さん?起きてたの?』
さっきまでぐったりしていた彼女が、いつの間にか体勢を整えてきちんとシートに座っていた。
「うん、途中から」
『ごめん、運転荒かった?』
「……いいの。それより時間……」
彼女はダッシュボードに表示されている時計を指差した。
僕は彼女の指に誘導されるように時計をチラッと見た。
そこには"23:55"と表示されていた。
『うん……』
『気になってるんじゃない?』

