美貴は手に取った鞄を膝の上に置き、少し俯いてからもう一度顔を上げた。

しばらく何も言わずに彼女はジッと僕の方を見ていた。

その目は言葉を声にするかどうか迷っているように見えた。

それは少し怯えているようにも見えた。

僕はそんな彼女の言葉を待った。

やがて彼女の唇が僅かに開き、そこから声になっていないような声が漏れた。


「また……」


『うん』


「また……会ってくれるのかな」


僕はすぐに答えることが出来なかった。

やっぱりこれは不誠実なことなのだ。

結局、僕は彼女の笑顔の数と同じだけ彼女に涙を流させてしまう。


その時、ふと海の展望台で美貴が言った言葉が浮かんできた。


――ー私の為に我慢して。


僕がもし、彼女と同じ立場だったとしても同じようなことを言ったと思う。

相手が自分のことを好きじゃなくてもいい。

好きな人の前に少しでも居られればそれだけで十分幸せだ。と……。


僕が言葉を濁していると彼女はもう一度俯いた。


「ごめんね……もう言わないから」


『うん……わかった』


「じゃ……」


彼女はドアに手を掛けて、車を降りようとした。

僕はとっさに彼女の背中に声をかけた。


『美貴さん?やっぱり……』


「いや……聞きたくない……」


『でも……』


「いいの……」


その言葉を最後に、彼女は車から降りて、すぐにドアを閉めた。

そして、窓越しに笑顔を見せて僕に小さく手を振った。

次の瞬間、美貴は勢いよく駆けて行った。