助手席で彼女はゴソゴソと何度も座るポジションを変えていた。
睡魔と戦っているのだろう。
『眠い?』
「うん……ちょっと」
そう言った彼女の瞼はかなり重そうだった。
考えてみれば、地元を出発した日、彼女は17時までバイトしてたわけだし、その夜のサービスエリアでは、もしかしたら僕よりも眠るのが遅かったのかも知れない。
朝、僕が目覚めた時には既に起きてたし、その夜のホテルでも彼女がいつ眠ったのか知らない。
今朝も僕が起きた時に、彼女はコンビニに行って来たと言って帰って来た。
僕はこの3日間、美貴が眠っているところを見たことがなかった。
彼女よりもたくさん眠っているはずの僕がこんなに眠いのだから、彼女は相当眠いはずだった。
しかも明日は朝からバイト……。
「大丈夫?眠かったら無理しちゃ駄目だよ」
それでも美貴は運転している僕に気を遣ってそんな言葉を掛けてきた。
彼女はいつだって自分のことよりも僕のことを気遣ってくれていた。
『うん、僕は大丈夫。美貴さんこそ明日バイトなんだから……』
少し遅れて彼女の声が聞こえた。
「ううん……私も……」
その言葉の続きは待っててもなかった。
でも、それが彼女が夢に落ちる合図だと思った僕は、それ以上彼女に何も聞き返さなかった。
僕はカーステの音を下げて、しばらく車をそのまま走らせた後、チラッと助手席の美貴の方を見た。
彼女の表情は温かく安らぎに満ちていた。
微かに寝息が聞こえ、それに合わすように彼女の体は小さく揺れていた。
閉じられた瞼を見て、僕はそこから何度も涙を流させてしまったことに後悔をした。
彼女のそんな表情を見ていると、なんだか僕が泣きそうになってきた。
どうしても最後の一歩が踏み込めない自分に歯がゆさと苛立ちを覚えた。
彼女といれば僕は幸せになれる……そんなことは僕自身が一番わかっていた。
なのに、どうしても最後の一歩が踏み出せなかった。
その気持ちが彼女を傷つけてしまっていることにも気付いていた。
でもどうしても……僕は彼女に触れることができなかった。

