「ここ?だよね?」
美貴はちょっと不思議そうに言った。
『たぶん……看板もあったし。ほら、一応景色も見えるし』
車を降りて辺りを見渡すと、そこにはロッジのような造りの建物の店が一軒あるだけだった。
喫茶店か何かのように見えたが閉まっているようだった。
僕たちは木で作られた柵の傍まで行って、そこから見える景色を眺めた。
街はありとあらゆる光がまばらに点き始め、これから夜を迎えようとしていた。
まだ夜景というには不十分だった。
「見れてよかった」
隣で彼女はそう呟いた。
『そう?まだ、夜景にはちょっと早いよ』
チラッと彼女の方を見ると、美貴は景色を見ていなかった。
「この"空"よ」
『空?』
彼女はここから見下ろせる景色ではなくて、空を仰いでいた。
「智が教えてくれた"太陽が半分沈んだ夕焼け空"」
彼女が見たかった景色とはこの"空"のことだった。
美貴はそれ以上口を開かずじっと空を眺めていた。
その瞳は辛く悲しそうに見えた。
そんな彼女に愛おしさを覚えた。
『……美貴さん』
彼女の返事はなかった。
瞳の縁はすでにピンク色に染まっていた。
奥歯に力を入れて唇をグッと閉め、次に口を開くとその瞳からも涙が一緒に流れてきそうなくらい、彼女は我慢していた。
『太陽……沈んじゃったね』
外灯に明かりが灯り、空は夜空に変わり始めていた。

