彼女の気持ちを知ってしまっている今となっては、僕はその質問に言葉を濁すことしかできなかった。
その時、ふと頭の中に喫茶店が浮かんできた。
指輪のこと――
千鶴のこと――
僕の意識はいつの間にかこの場所から離れていた。
こんなに遠くまで来ていて、現実とは別の世界にいるはずだった。
仕事のことも忘れていた。
ここにいると何もかもが現実とはかけ離れた世界にいるようだった。
なのに僕の意識の中は、その時、彼女のことを考えていた。
ここでの彼女とは、美貴ではなくて千鶴のことだ。
「智?どうしたの?」
美貴の声が聞こえて、僕の意識は一瞬でこの世界に引き戻された。
『え?……ううん』
彼女は少し不思議そうな顔をしていた。
「あの日、私と一緒に海を見に行ったこと……後悔してる?」
――ーえ?
『そんなことないよ。美貴さんと居ると楽しいし……。それに、だから今も一緒に居るんだし……』
彼女は視線を海の方に戻し、少し遠くを見ながら言った。
「そう……そうだよね、ありがとうね」
美貴のその表情は少し沈んでいるように見えた。

