彼女は僕がもう眠ってしまっていると思ったのだろうか……。

ならばこのまま眠ったふりをしておく方がいいのだろうか……。


僕はベッドに横になったまま、体を動かすこともできず、目を開くこともできずに迷っていた。

もう一度、彼女のズズッという鼻をすする音が聞こえた。

それから彼女のズズッという音の間隔が短くなり、やがて本格的な泣き声に変わってきた。

それでも彼女は我慢しているようだった。

僕を起こさないように必死で涙を堪えながら、声を殺して泣いていた。

僕は瞼を閉じたまま動けなくなっていた。

気分が悪かったことなんてもうどこかにいってしまっていた。

徐々に高鳴る心臓の音が聞こえた。

僕もまたそれを彼女に気付かれないように必死で堪えながら息を殺した。

僕たちはお互いがお互いの為に気遣い、我慢していた。


『もう泣かなくていいよ、こっちにおいでよ』そう言うことは容易いことだった。

でもそれはこの場面では、余計に彼女を傷つけてしまう。

彼女は僕が眠っているという前提で涙を堪え切れなかったのだから……。


僕の頬に何かがそっと触れた。

一瞬ビクッと震えてしまったような気がした。

瞬間の出来事で本当に震えてしまったのかわからなかった。

それは彼女の熱を帯びた手の平だった。

それから彼女は僕の頬に手の平を当てながらそっと呟いた。


「智、ごめんね。ありがとう……」