部屋を出てエレベーターでフロントまで下りた。
彼女はそこで部屋の鍵をフロントに預け、差し出された用紙に何か書いていた。
一歩離れた所で僕は待っていた。
用紙をフロントの人に手渡した彼女は、振り返って「行こう」と笑顔を見せた。
歩きながら彼女に訊いてみた。
『あれは何を書いてたの?』
たいしたことないよ、と言って彼女は一度自分の髪に指を通した。
「行き場所と、だいたいの戻ってくる時間を書いてたの」
『ふ~ん……』
ホテルから外出の時は、フロントに鍵を預けるらしい。
それは僕にとってまた新しい常識の勉強だった。
実はシャワーを浴びるのに脱衣場に入った時、洗面台にタオルやバスタオル、更には歯ブラシや歯磨き粉のセットが置いてあったことも、僕にとっては新しい常識の勉強だったのだ。
駅の方に少し歩いて行くと、まるで僕たちを待ち構えるかのようにお洒落なレストランが一軒あった。
地元では見たことがない名前のレストランだった。
ガラス越しに中を見ると、ほとんどのお客さんが一人で食事をしていた。
スーツ姿の男性客が目立つところを見るとホテルの利用者がほとんどなのだろう。
「こういう所ならそんなに高くもないと思うし……」
そう言って美貴はそこで足を止め、「ここでいい?」と目で訊いてきた。
どこがいいとか嫌だとか、そんな考えは全くなかった。
僕は『うん』と答え、少し緊張しながら店に入った。

