『おいっ声が大きいって!!もういいじゃん、その話は!!』
僕は頭で何か考えるというよりも先に、そんな言葉を声に出していた。
千鶴には聞かれたくなかった。
こんな矛盾した……最低な恋の話をだ。
貴久が怒るのも無理はない。
逆に言えば、僕だってこんな話を笑って話せるような奴とは友達にはなりたくはない。
でも実際、自分はそんな最低なことをしているのだ。
それは矛盾以外の何でもない。
わかっている。
わかっているからこそ、なおさら千鶴にはこの話は聞かれたくなかったのだ。
僕が大きな声を出すことはめったになかった。
おそらく貴久の前では初めてのことだろう。
彼は一瞬唖然とした表情になり、そのままゆっくりと視線を読みもしない雑誌に落とした。
「……お待たせしました、アイスコーヒー……えっと、アメリカン二つです」
お決まりのセリフを言って、千鶴はゆっくりとそれぞれの目の前にアイスコーヒーを並べていった。
僕は顔を上げることができず、アイスコーヒーを並べる彼女の手を目で追いかけていた。
――あ、指輪……。
僕は心の中でそう呟いた。
彼女の左手の薬指には、シルバーのリングがはめられていた。
でも、別に驚くことはない。
千鶴に付き合ってる人がいることは、彼女をここで初めて見た日に美貴から聞かせれていたことだ。
そのことを聞いた時も、別に僕の心境に変化はなかった。
なのに、そのリングを見た瞬間……僕の中で「ドンッ」という低い音の衝撃が胸に響いた。
そして、その衝撃は僕の心に小さな傷を一つつけた。
この日以来……僕は彼女と会う度にチクリと痛む心の痛みを感じるようになった。

