すると、彼女は「ちょっと待ってて」という仕草を見せて、ガラス障子の向こうの部屋に一度引っ込んだ。
玄関からすぐ横の台所が見えた。
そこはいつも千鶴が立っていた場所……雰囲気は変わっていたけど、懐かしくて胸が熱くなった。
彼女は背中に何かを隠しながら戻ってきた。
そして、僕の目の前に立ち、まるでプレゼントを渡すように背中から隠してきたそれを、両手で僕に差し出した。
『こ、これは……』
「引越しの時、押し入れでみつけたの。その最後のページに書いてあったから……」
それは、千鶴がいつも持ち歩いていた、あの”赤い手帳”だった。
それを見た瞬間、グッと胸が締め付けられ、さっきよりももっと胸の深いところから熱いものが急激に込み上げてきた。
愛しい……千鶴のことが愛しすぎてたまらない。
僕は奥歯にグッと力を込めて、溢れてくる涙を堪えた。
『な、なんて……書いてあったの?』
彼女は僕に語りかける様に、静かに言った。
「……もし、この手帳がまだこの押し入れにあったら……智に渡して欲しいって。そこにあなたのベル番号が書いてあって、”0410-426”って鳴らしたら、きっと智はここに来るからって……」
僕は彼女から手帳を受け取った。
「駄目だとは思ったんだけど……私、最後まで読んじゃった。ごめんね」

