それから少しの時間で、車は千鶴の家の前に着いた。


「智……今日はありがとう」


千鶴は改まったようにペコリと頭を下げて言った。


『ううん、そんな……こちらこそ』


彼女と目が合った。

そして、僕たちは今までで一番長く見つめ合った。


「じゃ、仕事がんばってね」


彼女は僕に照れ隠しのような笑顔を見せた後、すぐに俯いて、膝の上に置いてあった鞄をギュッと握りしめてから、そのまま左手でドアノブに手をかけた。

ドアが半開きになって、千鶴が腰を浮かせようとした時、僕は彼女の背中に声をかけた。


『千鶴?』


「ん?」


千鶴は振り返らずに返事をして、動作を止めた。

僕は彼女の背中に言った。


『今晩さ……』


「何?」


『ちょっと行かなきゃいけないところがあるんだ』


「うん……」


彼女は振り向こうとはしなかった。

ドアノブに手を掛けたまま、僕に背を向けたまま話しを聞いていた。