その日、仕事が終わってすぐ、僕は職場の事務所から千鶴の家に電話をかけた。
5回くらいコールを聞いた後、彼女の声が受話器から聞こえた。
「もしもし?」
『千鶴?大丈夫だった?』
「智?……うん。今日は何もなかったよ」
僕は千鶴のいつもと変わらない声を聞いて、安堵の溜息を一つついた。
『そっか……よかったあ』
「うん……」
一言返した後、彼女は黙ってしまった。
『千鶴?どうかした?』
「ううん。何でもないの……」
『そう?』
「うん。……智?」
『何?』
「ありがとうね」
『え?い、いや……』
「も、もう仕事終わったの?」
『うん。千鶴のこと気になってさ……急いで終わらせたんだ。今から帰るから』
「智……わかった、待ってるね」
『じゃ、また後で』
「うん」
受話器を戻した時、僕は背中に視線を感じてとっさに振り返った。
その場で何もせず、僕の方を見ながら、ただ呆然と立ち尽くしていたのは貴久だった。
どこから電話の内容を聞かれていたのだろう。
何も言わない貴久に、僕は声を掛けた。
『お、おつかれ。もう終わった?』
貴久は表情を変えずに言った。
「お、お前……。さっきの電話……千鶴って……」

