「智はどこでも行ってくれるの?」


『うん』


「どこでも?」


『うん、どこでも』


「じゃ、ホテルは?」


『ホテル?』


「そう……行ったことも泊まったこともないの」


僕は、去年の夏、美貴と行ったことを思い出した。

だけど、千鶴がそんなことを言うなんて思ってもみなかった。

僕は出来るだけ冷静に答えた。


『そう……なんだ?』


「うん。泊まってみたい。いい?」


『い、いいよ。で、でも……俺なんかでいいの?』


「うん」


『泊まりでしょ?』


「どうして?」


『だ、だって……』


「今日も泊まりじゃない?」


『あ、そっか』


千鶴のクスっていう笑い声が聞こえた。

それから声になっていないようなかすれた声で、「嬉しい…」と彼女は言った。


『千鶴?』


「何?」


『……ううん。やっぱ何でもない』


僕は千鶴に、彼氏のことはやっぱり聞けなかった。


「何?変なの……」と言いながら、彼女は小さなあくびをした。