レジは彼女の仕事だった。

厨房のおばさんが店に顔を出すのは、彼女がトイレに行っている時か、よっぽど手の離せないことをしている時くらいだった。

僕は伝票を彼女に手渡した。


「……320円になりまぁす!」


元気よく声を出す彼女が可笑しくて笑った。


『わかってるってば!』


ひとつツッコミを入れて、財布からお金を出そうとしていた時、彼女の「ねえ…」という小さな言葉が聞こえた。


『何?』


僕が聞き返すと、彼女は俯いてかぶりを振った。


『今、何か言わなかった?』


もう一度聞き返した。

すると、彼女は俯いたまま小さな声を出した。


「今日……」


『うん』


「仕事……何時まで?」


『えっと、それはわかんないけど……遅くまでかな』


「そっか……」


そこで、少しの沈黙があった。

彼女が何を言おうとしているのか……その仕草でだいたいの検討はついていた。

頬をピンク色に染めて俯く彼女の身体は少し震えていた。

彼女は勇気を出していた。

まだこの会話に続きがあるのだろうけれど、彼女は次の言葉を口に出すことに躊躇っていた。

僕はそんな彼女をチラッと見て、財布から500円玉を取り出した。


「……明日は?」彼女は小さく言った。


『休みだよ』


「どこか行かない?」


『え?』


僕がそう訊くと彼女は俯いたままゆっくりと僕の体を指で指した。

その後、少し顔を上げて上目使いで僕の方を見ながら、今度はその指を自分の鼻の頭にそっと乗せた。


『名前……教えてくれないと……』


そう言いながら僕は500円玉を握りしめた拳を彼女に差し出した。


「……美貴(みき)だよ。」


彼女は僕が差し出した500円玉を受け取って俯いた。


『美貴さん、バイトはいつも何時まで?』


「5時くらい……」


『じゃ、明日5時にここの駐車場で待ってますね』


「え……ほんとにいいの?」


『うん』


「……ありがとう」


顔を上げた彼女と目が合った。

僕はすぐに目をそらし、差し出された彼女の手に視線を移した。


「はい……180円のお返しです」