「なあ……」
『うん?』
「美貴さんなら知ってるかな?」
『さあ?聞いてみたら?』
僕はもう一度視線を雑誌に戻した。
それとほぼ同時に、貴久は勢いよく立ちあがり厨房の方に歩いて行った。
彼の後姿が勇ましく見えた。
しばらくして戻ってくる彼の姿は、三振をしたバッターがベンチに帰ってくるような姿だった。
彼は無言でテーブルに座って俯いた。
『美貴さん何て?』
彼はゆっくり首を振った。
「やっぱり知らないって」
彼女なら知ってると思っていた。
なぜなら千鶴は美貴のことをすごく慕っていたからだ。
なのに彼女は美貴にすら教えていなかった。
ということは、千鶴は誰にも連絡先も教えずに居なくなったということになる。
「絶望的だな……」
彼の言う通りだと思った。
千鶴とオールしたあの日……やっぱり僕は何も言わずに彼女と別れてはいけなかった。
何か言えばよかった。
何かすればよかった。
そうすれば未来は変わっていたのかも知れない。
でもどうしたらいいのかわからなかった。
ただ、迷いと不安が交差しているだけだった。
僕は同じ過ちを繰り返してしまった。
それはまだほんの少し前の話なのに、あれからずいぶんと時間が経っている様な気がした。
思い出というのはこうやって作られていくものなのだと思った。
あの夜のことが夢だったような気もした。
僕は楽しい夢をみていたのだと……。
そう思うことは僕の慰めにもなった。
全て夢だと思えば諦めもつく。
後悔もしなくて済む。
全て楽しい夢だったんだと、そう思えば…。
そう……思えば。
そう思えれば……。