しばらくして手を止めた彼女は、一度手帳を見直してから「うん」と頷いて手帳を閉じた。
顔を上げた彼女は空を仰いだ。
「ね、見て?」
『あ……』
「もうすぐ夜明けだね」
見上げると、それまで真っ暗だった空の半分が、ほんのりと蒼く色を付けだしていた。
「夜って不思議だな」
『え?』
「長かったり、短かったり……眠ってるとすぐに朝になっちゃうし」
僕と過ごした今夜は、彼女にとっては短い夜だったのだろうか。
「誰だ!!そこにいるのは!!」
突然そんな大きな男の声が後ろから聞こえた。
驚いて振り返ると、懐中電灯を持った警備員のような人がこっちを照らしながら近づいてくるのが見えた。
『ヤバい!!逃げよう!!』
「え!?う、うんっ……」
立ち上がった僕は、とっさに彼女の腕を掴んだ。
僕たちが座っていた階段は下の階に繋がっていた。
急いで階段を降りて、とりあえず車を目指して走った。
「こら!!待ちなさい!!」
背中から聞こえるそんな声を無視して僕たちはとにかく走った。
無我夢中で千鶴の腕を掴んだのはよかったが、今度はこの手をどうしたらいいのかわからなくなっていた。
腕を掴まれたままの彼女は走りにくそうだった。
僕も走りにくかった。
そのことには気付いていたが、離したくないという思いが、僕をこんなおかしな行動にさせた。
「走りにくいよ」
そう言って彼女はもう片方の手で僕の手首を掴んだ。
『あ、ご、ごめん……』
僕が彼女の腕から手を離した瞬間、僕の手の平に別の感覚が生まれた。
「こうすれば走りやすいでしょ?」
繋いだ千鶴の手の平は小さくて冷たかった。

