恋愛音痴だっていうのは、誰に言われなくてもわたしが一番わかっている。今までの恋愛だって、決して人に話して羨ましがられるような経験はひとつもないし、自分自身、あー、わたしって馬鹿な女だなあって思うことなんて何度もあった。だから

「あの・・・今のこの状況が凄く、わけが分かりません」

「え?だから、俺と付き合おうって言ったんだけど?」

社内ナンバーワンのやり手といわれている水橋さんに告白されている意味が、本当にわからない。

恋愛音痴のススメ

あっははははは、と、社員食堂全体に響くほどの声で笑い声を上げたのは、入社式以来、一番の友人の橋本千秋だ。

「ちょ、ちょっと、千秋声が大きいって・・・」

わたしはじろじろと好奇心で向けられる視線にたじろぎながら、小さな声で千秋に注意する。

「いやぁ、ごめんごめん。あまりにも傑作な話だからさぁ!」

と、千秋は悪びれもせず、「あー、笑いすぎてお腹いたい」なんて言いながら話を続ける。

「それで?美咲は返事もせずに一目散に水橋君の前から逃げたってわけね」

「だ、だって・・・仕方ないじゃない・・・」

と、思わず語尾が小さくなってしまうのは少なからず水橋さんに申し訳なさを感じているからである。

「まさか、社内で一番のやり手って言われている水橋さんにわたしが告白されるなんて、誰も思わないでしょ!?」

と、少し八つ当たり気味に言い放つわたしに、千秋はまた「プッ」と噴き出す。

「いや、それにしても、あんた逃げるって・・・水橋君も気の毒ねえ」

なんて言いながら、千秋はどこか楽しそうだ。わたし、河合美咲は今まで恋愛に恵まれたという経験がない。前の彼氏はバンドマン崩れのヒモ男。その前の彼氏は大学の教授(既婚者)。その前の彼氏は浮気癖が酷い最低男・・・と、言った具合だ。

「だって、過去の話、千秋にもしたでしょ?告白なんてされてもなにか裏があるんじゃないかって疑っちゃって・・・それに、水橋さんならわたしなんかじゃなくてもいくらでも選び放題でしょ?どうせわたしなんて都合のいい女なんじゃないかって思ったら怖くなってあの場では逃げるしかしかたなかったんだもの・・・」

と、わたしが縮こまりながら言うと、千秋は急に真剣な顔になって

「そりゃあ、あたしだってあんたの過去の恋愛話を聞いたからあんたが男に警戒心を抱くのは仕方がないとは思うけどさ?」

でも、水橋君があんたに告白したのって、そんなにない話?と言った。

「いや・・・だって、ないでしょ!水橋さんとはそんなに面識があるわけでもないし・・・」

「あんたは自分に自信がなさすぎるのよ。あんたって、女のあたしから見ても結構かわいらしいところあると思うし、それに仕事だって自分が思っている以上にできるじゃない。今度水橋君に話しかけられたら、一度じっくり話してみたら?」

さぁ、のんびりしてたらお昼休み終わっちゃう!、というと、千秋は定食を急いで食べ始めた。千秋の言葉に、どこか腑に落ちないものを感じながらも、わたしもそれに倣って、急いでお弁当を食べ始めるのであった。