「・・・・・ああー、全く・・・」

 残された私はそう呟いて、よっこらせと掛け声つきで椅子から降りる。フラフラしていた。これはヤバイかも、そう思って、カウンターの中へとまわり冷たい水を飲む。コップに3杯。それでようやく視界がマシになって、ため息をついた。

 砂糖が欲しいわ。絶対、今必要。

 スプーンを取り出して、砂糖壷に突っ込む。大盛りにすくいとった砂糖を、そのまま口の中へと突っ込んだ。

 凄い勢いで広がる甘さに、頭の中までクラクラする。・・・ああ。安心した。やっぱり緊張していたらしい。体が固まった私は、とても砂糖を欲していたのだ。

 明日は二日酔いだろう。それに、今晩は悪夢を見る気がする。

 ため息を長々と吐いてから、箒と塵取りを出して割れたガラスを片付ける。

 疲れ切っていた。

 ちゃんとした掃除は、明日の朝にすることにした。


 敷地内の隅、市川さんが朝日に照らされながらずっと立っていたあの場所。目を閉じて思い出すのは、あそこに何気なく転がしてあった大小の石が二つ。

 ・・・午前5時半頃、亡くなった彼女、お腹には市川さんの子供。

 そうか、そういうことなんだな。

 私はソファーベッドに寝転がり、目を閉じたままでちょっとだけ涙を零す。

 市川さんの「楽園」は、決して楽しいばかりの場所じゃあなかったんだ。

 日本中旅をしてまわり、ここに喫茶店と家を構えると決めたと聞いていた。それまでの間に、一体あの男の人は、どれだけの苦しみや悲しみを感じてきたのだろう――――――――――――


 夜明け前に目が覚めた。


 あれだけ飲んだのに、二日酔いにはならなかった。