「まだ早朝だった。覚えてるんだ、朝の5時半近く。俺は泊まっていたカプセルホテルから出て・・・駅の方へと歩き出したとき、呼ぶ声が聞こえて・・・あの子がいた。走り出したんだ。こっちへ。だけど間の横断歩道の信号は赤で・・・あの子は角を曲がってきた車に轢かれてしまった。運転していたのが未成年だったのかもしれない、それとか飲酒運転だったのかも。とにかくその車はそのまま逃げてしまって、俺は救急車を呼んで彼女を病院へ運んで。・・・だけど打ち所が悪くてね、すぐに逝ってしまったんだ」

「――――――」

 苦しい話だった。それに続きがわかってしまった。聞きたくなかった、正直に言えば。

 でも酔っ払っていて足もうまく動かないし、拒否することも出来ずに途方に暮れて、私はそこに座っていた。

 判りました、もうやめてください。そう言えなかった。


「あの子は妊娠していた。時期から考えて俺の子供だろうね。確かにあの子は避妊を極端に嫌がっていた。俺を繋ぎとめる為なんかじゃなくて、自分の家族が欲しかったのかもしれない。でもその事故で二人とも一緒に亡くなって――――――――」

 市川さんは急にそこで言葉を切った。

 そして、驚いたような顔で私をじっと見る。

 今、気がついたようだった。私に過去を話していることに。

 私から目を離し、もたれていたカウンターからゆっくりと体を起こして、市川さんは黙ったままで店を出て行った。

 あとに残ったのは、炎が消えそうなランプと、食べ散らかしたお菓子と、並んだ瓶、それから割れたグラス。

 それから、私。