「え、ってことは・・・名前っていうか、あだ名がシュガーだったわけか?」

 市川さんが呆れたような声でそう言った。

 私はこっくりと頷いて、深くなっていく闇のほうへと目をむける。

 「ライター」での夜。ここに来てからいつも目にしている、山の夜だった。

 浜辺から戻ってきた私は疲れきってヨロヨロで、ぬれたままだった髪の毛もすっかり乾いてパリパリになっていた。迎えてくれた市川さんにお風呂をすすめられたので有難く頂戴し、今は、店のウッドデッキで今晩最初のビールを飲んでいるところだった。

 丸テーブルには深い青のテーブルクロス。市川さんが店を始めるときにまず最初にかけたらしいそのクロスの上では、私が街で買ってきたおつまみが並べられている。

 二人でのんびりと、休日の夜を過ごしているのだった。

 虫の声と、風の通る音。虫除けのハーブの香り。

 市川さんの店と住居以外には明りの殆どない国道はすぐ先から真っ暗闇で、群青の空に黒い山の稜線が浮かび上がっている。

 来た最初の頃は、その闇の光景が怖かったものだった。何だか全部が飲み込まれそうで。

 だけどそれも、今ではなんだか落ち着く景色になっていた。

 空が晴れて雲のない夜は、頭の上では都会ではみることの出来ない星星が煌いている。満天の星。それはとても美しいけれど、何だか賑やかで私はいつも申し訳ないような気分になるのだ。だから、こんな曇っていて星も見えず、ただ黒や群青が埋め尽くす夜の空間のほうが好きだった。

 広がる暗闇の中で市川さんがつけてまわるランプのあかりが、希望に思えるのだ。

 優しくて温かい光が。