おばあちゃんが何て言ったのかは知らないけれど、突然現れた私を、市川さんは受け入れてくれた。

 寝る場所として2階の廊下に置いてあったソファーベッドを提供してくれて、給料は出せないけどご飯は出すから、ここで働いてくれ、と言った。休みの日は好きにしていいから店のある日は業務を手伝うこと、それが条件だった。

「ただし、悪いんだけどさ」

 あの日、市川さんは困った顔で頬をかきながら言った。

「いつまでも気が済むまでって格好良く言いたいんだけど、そうもいかないから、とりあえず9月半ばまでって事でいい?」

 市川さん一人でも十分回っている小さな店。私が一人入ったら、もうやる事がなくなってしまうような量の仕事。今は夏休みで旅行中の人が食事に寄るので忙しいけれど、そうでなければ申し訳ないくらいだった。

 だから私は頷いた。それでいいです、有り難うございます、と頭を下げて。

 おばあちゃんの情報によると市川さんは36歳くらいで、8年かかって京都の大学を卒業して、未婚らしい。大きな体をして、天然パーマのかかった黒髪は長め、ハッキリした眉毛のせいで意思が強そうな顔をしている。そして、男の人が好きらしい。

『あの子は大丈夫だよ、恵ちゃん』

 電話口でそうおばあちゃんが言うから、私は怪訝に思ったのだった。それってどういうこと?って。年頃の孫娘を一人でやっても、心配のない成人した男性ってどんなの?って。

 すると笑って言ったのだ。市川君はね、男の人にしか恋愛感情を持たないんだよ、って。何度も相談に乗ったしね、それは確実だよ。だからアンタが一緒に住んだって平気なの。もしかしたら市川君とアンタは、姉妹みたいな関係になれるかもしれないよ。