「また倒れたの?」
頷く。
「久しぶりに意識失ったのね」
頷く。
「で、誰に助けられたの?」
「ひまわりさん」と言うと、怖い顔をして私の両頬を左右へ引っ張った。
「誰よそれ。てか、もうちょっと危機感持ちなさいよバカ」
怖い顔をしながら私の両頬をぐぃんぐぃん引っ張る。その手をタップして解放を要求すれば、案外すぐに離してくれた。
長いさらさらの黒髪を掻き揚げて、そのまま髪を耳に掛ける。たったその動作だけなのに、色気の塊のようなオーラを発する友人に恨みがましい目を向けた。
「・・・なによ」
「・・・・・・みっちゃん、ズルい・・・」
はぁ?と忌々しい目を向けてくる彼女は、笠井宙香。私には無い素敵な要素を持っている友人を、私は負けじと見つめ返した。
「はぁ・・・あのねぇ?あんたはあんたで可愛いんだから。ただちょっと表情に乏しいのが玉に瑕だけどね?」
「・・・エロさ」
「必要ないでしょ」
必要ないのか・・・。
少し残念に思いながら、他愛ない話を交わす。その間ずっと、みっちゃんは私の髪をふわふわと弄んで結んでいた。鏡が無くて見えないけど、少し高い位置に髪が引っ張られている感覚がするので、きっとツインテールだと思う。
「あっ、いた!!」
突然聞こえたその声は、教室中に響くくらいのよく通る声。
その声に反応したみっちゃんの手が止まって、でもそれは一瞬で、すぐに続きを始める。反応したのはみっちゃんだけでなく、周囲のクラスメイトも教室の入り口へと顔を向けて、その声の主を確認しようと首を伸ばしている。
私は髪を弄られている身なので確認することはできなかったけれど・・・自ら見ようとしなくとも、すぐにその姿を見ることができた。
・・・私のすぐ傍に、その人が来たから。
「よっ!」
「・・・ひまわりさん」
「あー、まぁ・・・立川さんにはそれで呼ばれてもいっか!」
軽く眉を下げながら、にひひっと白い歯を見せて笑う。・・・ひまわりみたい。
その笑顔をじっと見てると、頭の方からバチンと音がした。
決して痛くないそれは、髪を結び終えて髪ゴムが弾かれた音だからだ。
・・・そしてすぐに、地の底から響くようなみっちゃんの声がした。
「ひーかーるー・・・?」
「な、なに?」
「あんたを助けたってのは、向日なの?」
「・・・うん」
そう、と頷くと、警戒した猫みたいに、私の陰からひまわりさんを睨むみっちゃん。
「光になにもしなかったでしょうね?」
「え?俺、なんか疑われてる?」
疑われている、けど・・・。
「みっちゃん・・・ひまわりさん、いい人だよ?」
「光、騙されないで。このニコニコ野郎はどうも嘘臭い時があんのよ」
「はあぁ!?んなことねーだろー!」
みっちゃんにそんなことを言われて、ケラケラ笑いだす。
それに合わせてハニーブラウンの髪がキラキラ光を反射して揺れている。綺麗だなぁ。
「ひまわりさん、用事ですか?」
「へ?あ、ううん、用事ってか・・・今日は大丈夫そうかなー?って見に来た」
その言葉に、私は自分でも分かるくらいにキョトンとしてしまった。
保険医に言われたならまだしも、自分から進んで様子を見に来るなんて・・・ひまわりさんはとても心配性らしい。
「ホラ、俺一応、保健委員だし。また昨日みたいに、あんな衝撃的な倒れ方されちゃ心配だから、ね?」
「そんな・・・そんなに?」
「うん、そんなにだった」
椅子に座る私の前にしゃがみ込んで、私を見上げながら笑う。
そんなにかー、と思いながら、ふと思い立ってポケットを漁った。
相変わらず私の後ろで睨みを利かせているらしく、ひまわりさんは私の後ろをチラリと見ながら苦笑いする。
私は、ようやく見つけたそれを取り出して、ひまわりさんにそっと差し出した。
「・・・はい、どうぞ」
両手で受け取ったひまわりさんが、その手のひらのものを掴んで・・・次第に頬を緩める。
「んははっ!・・・これもしかして、昨日助けたお礼?」
「・・・オレンジ嫌なら、ぶどうもあるよ?」
そう言って、その手にぶどう味の飴も転がした。
「っ・・・ぶふっ!!!」
耐え切れないといった様子で噴き出したひまわりさんは、顔を伏せながらクツクツ笑っている。そしてまだ落ち着かないうちに顔を上げて、飴玉を一つずつ両手でしっかりと握った。
「両方とも、もーらったっ!!」
・・・とても楽しそうに満面の笑みで言われたものだから、私もつられて笑ってしまった。
「っ、んの・・・どっちかにしなさいよ!欲張り!」
「ごめんね、欲張りでーす!」
「光!光?もっと言ってやっていいのよ?!よくも私のおやつをーって!!」
「えと・・・そんな、食い意地張ってな・・・」
「うははは!それはそれで聞きたいかもしんない!!」
「はあぁ!!そんな可愛い光、見せるわけないでしょ?!」
言われても返さないけどね、とひまわりさんが笑うから、またつられて笑う。
みっちゃんとひまわりさんの言い合いを、二人に挟まれながら聞いていると、一時間目の予鈴が授業が始まることを知らせてくれた。
「あ、やべ。じゃあね、立川さん!」
「うん、バイバイ・・・」
飴ありがとう!と言いながらバタバタと慌てて教室を出て行った。次の授業が何かは知らないけれど、間に合うといいと思った。
・・・ふと、視線を感じて周囲を見渡す。
「・・・?」
何人かがこちらをチラチラ見ていた、気がする・・・?
予鈴が鳴ったというのに首に巻きついているみっちゃんの腕を叩くと、耳元でやたら長いため息が聞こえた。
「はあぁあぁぁぁ・・・」
「どしたの・・・?」
私と同じように周囲を見渡して、それからキッと睨みを利かせる。
「・・・今日は、よく笑う日ね」
「?・・・うん」
「そんな日もあるわよね、そうよね」
うん?多分、そんな日もあると思うよ。
そう思いながらみっちゃんを眺めていると、もう一度ため息を吐きながら離れていった。
私は周囲を見渡したけれど、こちらを見ている人はいなくなっていた。
少し青ざめた顔をしながら全力でそっぽを向いている人がいて、「体調不良かな」と気になったけれど、他はいつもの授業前の風景だった。
・・・そっか、他クラスのひまわりさんと話していたから、みんな気になったんだ。
そうぼやっと考えて、私は授業担当の先生が来るのを、教科書を準備しながらまっていた。