そらと夏の日

「名前がないと、なんて呼んだらいいのかわかんないよ」
「なんでもいいよ」
「うーん」

つくづく不思議な男の子です。自分のことはなにひとつ教えてくれませんが、そらに自然とふれあう楽しさを教えてくれました。いったい、どこのお家の子なのでしょうか。

そらは頭の片隅で考えていましたが、男の子をどう呼ぼうかと思い始めると、そちらに集中してしまいました。
なんでもいいと言うのですから、勝手に名前を決めて良いということでしょう。そらは木陰で立ち止まって、しばし頭をひねりました。

「あ。じゃあ」

そらはひとつ思い付いて、男の子を見ました。その瞳は、いきいきとしています。

「“うみ”。うみって呼ぶっ」
「うみ?」
「うん。そらのお母さんが、空と海がすきだから」

お母さんが、よく言うのです。『お母さんね、空と海が好きなの』と。だからもちろんそらの名前は、今もそらと男の子の上に青く広がる、空から由来しているのです。
そらの言葉に、男の子は嬉しそうに、ちいさく笑いました。

「そうなんだ。じゃあ、ぼくも、そらって呼んでいい?」

そらがあげた名前は、どうやら喜んでもらえたようです。そらもにこにこしながら、「うん、うん」と何度も頷きました。うみ、うみ。目の前の男の子は、今からうみ。

それだけで、そらは飛び上がるほど嬉しくなれました。どうしてでしょうか、欠けていた何かを埋めることができたような、そんな感じがしたのです。

「じゃあ、せっかくだから、海に行こう」

そらの提案で、ふたりはおばあちゃんの家を離れ、海岸へと歩きました。