そらと夏の日

戸惑うそらにかまわず、男の子は迷いなく歩いていきます。
どうしよう、と思いましたが、それでもそらが男の子の手を振り払うことはありませんでした。繋いだ手は、何故だかそらのそれによく馴染むのです。

それから、そらと男の子は、おばあちゃんの家の近くの森へ行きました。そこでそらは、たくさんの知らないものと出会うのです。

大きな音を立てて落ちていく滝、木漏れ日がおだやかに揺れる細道。真っ赤な野いちごの味、花の蜜の甘さ、木々の隙間から射し込むひだまりのあたたかさ。

それらはそらの心を踊らせ、ときに静かにしました。まるで、やわらかな羽毛のゆりかごに、そっと心を乗せられたような、そんな心地がしました。
男の子の手は、そらを未知の世界へ導いてくれます。そらはすっかり男の子のことがすきになっていました。

「ねえ、名前は?」

ふたたび、おばあちゃんの家の近くの道を歩きます。男の子は立ち止まって、そらを見ました。

「ないよ」

そらは、耳を疑いました。からかわれているのでしょうか。いいえ、男の子の目はそうは見えません。

「なんで、ないの?」
「もらってないんだ」

男の子の言っていることが、やっぱりそらには理解できませんでした。名前は、生まれたときに親がつけてくれるはずです。もらってないなんていうこと、あるはずがないのです。男の子は、自分に名前を教えたくないのだろうかとも思いましたが、そらはひとまず男の子の言葉を信じてみることにしました。