そばに行くまで、遥香だとわからなかった。いつも時間をかけて綺麗に巻いてある髪は、ラフにまとめてシュシュをつけていたし、服装も滅多に見ないジーンズに仕立てのいいシャツを合わせて、サングラスをつけていた。一見、リゾートでくつろぐ上流子女のようだ。ただ回りにいるのは疲労をあらわにした人の群れでしかなくて、青い海も白い砂浜もない。



ちらりとサングラスをずらし、

「…きちんと…メイクしてないの」

と恥じらう姿に、なんだか胸があつくなってしがみついた。

「遥香がキレイじゃないなんて有り得ないよ!今もすっごいキレイ。……ああもうバカねぇ……いつから居るのよ」

「……昨日も来てみたの…でも遅くてチケット取れなかったから……始発前に」

「タクシー?」

「……ええ」

「もうバカ、信じらんない」


ぎゅうっと遥香を抱きしめているので、ぐしゃぐしゃの泣き顔は見えないはずだ。
ぬぐいもしないで流した涙は、腕をつたい遥香のシャツにぽつぽつと跡を残す。


「……結構いい席が取れたの。並んでいたのが一人だけだから……一枚しか取れなかったけど……未也の誕生日プレゼントに貰って欲しいの……」

なんで人のためにこんなに出来るかな。アタシ、ここまでのこと遥香にしてあげたことってない……

「……気が早いよ。アタシの誕生日は、まだ1ヶ月も先」

「……未也が一番喜ぶことがしてあげたかったの……」

「あーもー…アタシ男だったら遥香と結婚するのに!…ありがとう遥香」

見えなくても遥香が笑った気がした。すがりつくように抱きついたアタシの背中を、あやすようにとんとんと叩きながら。