カチコチ、カチコチ。

秒針の音が、シーンと静まり返った室内に響く。

目の前に座っているマコトくんは、さっきから固まったままだ。

なんで固まっているかって?


━━時は30分前に遡る━━。


「……って事なんだけど、カーリィはどう思う?」

「どう思うって……」

電話口で「助けて!」なんて、今にも世界が終わる、とばかりに血相を欠いていたから何かと思えば……。

そんなあたしの困惑なんて露知らず、マコトくんは、神妙な面持ちであたしの言葉を待っている。

(どうしたもんか……)

頭をポリポリと掻く。
何から説明すれば良いのか、困ってしまった。

うーんうーん、と考えていると、マコトくんが深く溜め息を吐いた。

「やっぱり、カーリィにも分かんないよね……ごめんね、困らせて。アタシ帰るわ……」

マコトくんは、あたしにも分からない。と判断したのか、のそっと立ち上がり、鞄を手に取る。

「ちょ、ちょっと待って!」

流石にこのまま帰らせてはダメな気がして、帰ろうとしているマコトくんを引き止める。

「……何?」

肩を落としたマコトくんが振り向く。

「ちょっと待って。アドバイスをするのはいいんだけど、その前に確認したい事があるんだけど、良い?」

あたしは、マコトくんが座っていた座布団をポンポンと叩いた。

「……良いけど、何?」

マコトくんは、それに促される様に座り直す。

「えっと……まず、今までなんとなく聞けなかったんだけど」

「うん?」

「マコトくんって、恋愛対象ってどっちなの?」

「……は?」

マコトくんは、あたしの質問にキョトンとした顔をした。

「……カーリィ、何言ってんの?」

眉間にシワを寄せてあたしの顔をマジマジと見る。


「えっ、と……マコトくんは男性と女性のどっちが好きなのか、って事なんだけど……」

「質問の意味は解ってるわよ。そうじゃなくて、何分かりきった事聞いてんのよって事
よ」

「……え?」

「そんなの女の子に決まってるじゃない」

マコトくんは、しれっとした顔で答える。

「……え?……えぇぇぇぇっ!?」

あたしは身を乗り出し、今年一の驚きの声を上げた。

その声に、マコトくんが耳を塞ぐ。

「っ……もぅ、なぁに?そんな大きな声出して。何にそんなにビックリしてるのよ」

「だ、だって!そりゃビックリもするよ!そん……えぇっ!?」

マコトくんは、あたしが何に驚いたのかピンと来た様で、
大きい目を細めてジトっとあたしの顔を睨む。

「……カーリィもしかして、アタシが好きなのは男だと思ってた?」

「……………」

そのまさか、だ。

あたしは黙って頷く。

その反応に、マコトくんは今度は大きい目を更に大きく見開き、

「ちっがうわよ!アタシはれっきとしたノーマルよ!」

と、完全否定した。

ったく、どこをどうしたらそうなるんだか……。と、マコトくんは、ブツブツ文句を言っている。

逆に、どこをどうしたらそれを見抜けるんだろうか。

「なんだ、そうなんだ……」

恋愛対象は、女の子。

だったら話は早い。
ビックリし過ぎて本題を忘れる所だったけど、簡潔なアドバイスが出来そうだ。

「マコトくん」

あたしは座り直し、マコトくんに向き合う。

「なによ」

余程、心外だったのか、口を尖らせまだブツブツ文句を言っている。

「さっきの相談だけど」

あたしは、コホンと一つ咳払いをして、マコトくんに向き直る。

「あ、うん」

あたしに倣って、マコトくんも神妙な面持ちで姿勢を正した。

「本当は、他人に言われて気付くんじゃなく、マコトくん自身で気付くのが一番なんだけど、永遠気付かなそうだから言うね。
答えは簡単。マコトくんは美紅が好きなだけだよ」

あたしは、まどろっこしい言い回しはやめて、核心をズバッと突いた。

「……は?」

「あ、幼馴染みとか、友達のとか、そう言ゔ好き"じゃなくて、恋愛の゙好き"の方ね」

「………………」

「だって、他の男が美紅に触ろうとして不愉快だった。とか、でも自分は触れたい。とか、キスしたくなった。とか、これっで好き"以外の何者でもないよね。てか、恋愛対象が女の子って自分で分かってるクセに、そこまでやって自分の気持ちに気付かないって、それも凄いよね」

「………………」

「マコトくん?」

「………………」

「おーい」

目の前で、手をヒラヒラとして見せる。
が、反応なし。
完全に固まってしまった。

まぁ、無理もない。
多分今、マコトくんの頭の中はフル回転だろう。
好きなだけ固まらせてあげようじゃないか。


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━━そう思ったのが30分前。で、今に至る。

(うーん。ずっとこのままだったらどうしよう)

本気でそう思わせる位、マコトくんは微動だにしなかった。
あたしは淹れ直したお茶をズズッとすする。

すると突然、マコトくんがスクッと立ち上がり、か細い声で「帰るわ」と呟いた。

「え?帰るの!?大丈夫!?」

「うん」

「本当に!?」

「うん」

「一人で大丈夫?」

「うん」

何を聞いても「うん」しか言わなくなってしまった。
本当に大丈夫だろうか。
一応、玄関まで見送る。
家まで送って行きたかったが、留守を任された身のあたしは、この家を空ける事が出来なかった。
階段も踏み外したりはしなかったし、大丈夫か。

「気を付けてね」

「うん」

「じゃあね」

「うん」

バタン…と玄関が閉められる。

「いろんな意味で大丈夫かな……」

マコトくんの先程の姿を思い出し、あたしの口から、不安と溜め息が漏れた。