失われた世界の中で右手に握った帽子だけがふわりと風になびいて、僕に彼女がどうしたいかを思い出させてくれる。
「おうちに、帰ろうか。」
ふと振り返ってみる。彼女の後ろには足跡がつかなかった。けれどうっすらとできた僕の足跡も、降りしきる桜の花がすぐに埋めてしまった。僕等の足跡は決して残らず、桜木の下の時間は止まったままだった。