「俺にもくれよ」
え……。
聞き慣れた声に驚いて顔を上げると、懐かしい顔が目の前に立ち、イタズラに口角を上げている。
「うそ……。なんで!?」
私の握る箸を横からさらい、膝の上に置かれたたこ焼きをひとつ摘んで口に入れると、子供みたいに頬張っている。
「相変わらずの味だ」
ぼそりと零し、モグモグとたこ焼きを咀嚼して飲み込んでいる。
「しばらく前におばさんに電話したら、祭りに行くって言うから。きっとここだと思って」
出掛けに何か言いたそうだった母の顔がよぎり、そういうことだったんだとわかる。
目の前の裕樹は、何故か悠然と構えていて。
あんなに逢えなくて苦しかった時間を帳消しにでもするみたいに笑っている。
何もなかったみたいな顔をして。
何もなかったみたいな言葉で。
何もかわらない優しい瞳で。
私を見ている。
「驚かそうと思って、戻ってこられるって手紙書くのやめて、逢いに来た」
何がなんだか解らないし、驚きすぎて言葉にならない。
だって、海外赴任中の裕樹が日本にいる。
二人の田舎の小さなこの町に。
しかも、二人の思い出のこの場所にいる。
海外赴任は、まだまだ続くと思っていたし。
栄転はめでたいことだから、私は笑顔で見送った。
だけど、本当は私だってずっとずっと、逢いたかった。
有休を使い果たしてから、その有休で逢いに行けばよかったって。
馬鹿だな私っ。てすんごく後悔したくらい。
そんな思いに駆られながら、ドンッ! という大きな花火の音と共に立ち上がったら、膝に乗せていたたこ焼きが無残にも落っこちた。
「あ~あ。もったいね」
わけもわからず驚いたままの私に、何もなかったみたいに普通の会話を続ける裕樹に思わず声が大きくなる。
「だってっ!」
驚きすぎて、なんだか怒ったみたいになっちゃった。
だけど、それは嬉しすぎた驚きのせいで、絶対に怒ってるわけじゃなくて。
逢いたくて苦しかった感情に、さっき我慢していた涙が容赦なく頬を伝う。
「ただいま」
大きな掌を優しく頭に置かれれば、予期せぬできごとにもう言葉が出ない。
「泣くなよ」
「だって」
「ごめん。真奈美の驚く顔と喜ぶ顔が見たかった。……泣き顔も」
「意地悪……」
「うん。ごめん。でも、逢いたかった」
二人だけの思い出の場所には、たくさんの花たちが舞い上がり。
まるで、二人がもう一度逢えたことを祝福してくれているみたいに綺麗に咲き誇る。
「浴衣姿があんまり綺麗で、少し声かけそびれた」
そういって引き寄せられた胸の温もりが懐かしすぎて、安心できて、悔しいくらいに涙が止まらない。
ずっと望んでいた、二人一緒の夏がまた巡る――――。



