地区大会本選会場。


あの場所で、瞳矢と懐かしい僕たちの思い出の曲を演奏し終えて
会場を飛び出した僕は、窓口でH市まで向かう切符を購入して新幹線に飛び乗った。


新幹線の自由席。


人の多い室内からデッキの方へと必死に出ると、
少し人気が少ないその場所で、
体を両腕で抱きしめるようにして座り込んだ。


あの場所に僕の居場所はない。



昭乃さんにとっても、勝矢兄さんにとっても
僕の存在は厄介者以外、何ものでもない。

僕の体に増えていく傷も、
あの人は、気づこうともしない。


ただ僕を縛って、心配する素振りを見せながら
僕自身の自由を奪っていくんだ。




真実なんて知らなければよかった。



ずっと……憧れのままの存在で居てくれれば、
素直に僕の中の不安も吐き出すことが出来たのかもしれない。




居場所がないって言うのが、
こんなにも辛いなんて、此処に来るまでわからなかった。




瞳矢が大切な家族と、僕が失ってしまった当たり前の日々を過ごしているのですら
眩しすぎて、縋りつきたいのに、一度縋ってしまったら
その場所から離れられなくなりそうで苦しかった。





そんな思いを葛藤させながら、
新幹線はやがてH市の近くまで僕を乗せて運んでくれる。

立ち上がって、出入り口のドアの窓から街並みを覗く。

一月に起きた震災の爪痕が凄まじいH市は、
上から覗くとブルーシートに覆われた屋根でいっぱいだった。


あの震災から、もうすぐ四ヶ月になろうとしているその日。
GW【ゴールデンウィーク】にも関わらず、復旧に力を尽くすそんな人たちでいっぱいなのか
重機が動いているのがわかった。



駅を告げる声が車内に広がると僕は新幹線を降りて、
ゆっくりと慣れ親しんだ街へと一歩踏み出した。



慣れ親しんだ街のはずなのに、
その場所はあまりにも記憶の中の僕の街と違ってしまっていた。


フラフラっとさ迷い歩く様に、
家があった方へと歩いていく。

家屋が倒壊して寸断された道。
無事に建物は残っていても、『危険』とかかれたテープが貼られて
建物の中にはいるのを規制している場所。

かと思えば瓦礫になってしまった家屋を撤去して、
更地にしてしまっている場所。


様々な形で震災の凄まじさを告げるその空間の中、
僕は記憶の中の地図を頼りに、母さんと暮らした家があった場所へと向かった。



確か、この辺にパン屋さんがあったんだ。
パン屋の隣には、八百屋さんと花屋さんがあって……その向かい側。


立ち止まって振り返ると、
その場所にあったはずの建物は全てとりのぞかれて
跡形もなく消え去っていた。



ふらふらとその場所に踏み込んで、
崩れ落ちるように土を掴んで、地面を握り拳で叩く。




この場所にも……僕の居場所はなくなってしまったんだね。

この家に……この場所には、
僕と母さんの沢山の思い出が詰まってた。


家屋の中から、アルバムの写真の一枚でも見つけられれば
嬉しかったんだけど……。


眼を閉じて、母さんを思う。

母さんの最期の時間にも、僕は立ちあうことが出来なかった。


記憶の中の母さんは、
震災の前夜、僕に笑いかけてくれたいつもと変わらない母さんの笑顔。


だけどそれしか、僕には母さんを感じられるものは残ってない。

後は……あの人が写真立てに入れた、
僕の知らない母さんの若い頃の写真。




時間は何時の間にか過ぎて僕は何とか力を振り絞って、
座り込んだその場所から立ち上がると、再び下を向きながらヨロヨロと歩き出した。



その家の前の溝に、汚れた何かが一つポトリと落ちていた。


思わず座り込んで手を伸ばす。

ふと伸ばしたそれは、
母さんの愛器、スタインウェイのハンマーらしきパーツ。

本来、真っ白なフエルトのはずの部分は、
汚れてしまって、何だかわからなくなってるけど……
それでもその見慣れた形は、スタインウェイのハンマーなのだと思えた。

その後、溝の中を探しても、もうパーツ一つ残ってない。

そのハンマーをポケットに入れて、
再び、歩き出した僕は何度か、
母さんとお参りに来た、お祖母ちゃんが眠る場所を尋ねる。



そして同じ墓地の中にある、
あの人が母さんを眠らせた、始めていくその場所へ。




お祖母ちゃんのお参りを終えると共に、
これから僕がやろうとしていることに対しての、
罪悪感が少し生まれる。