ずっと瞳矢が感じていた指先の違和感は
その病気の始まりで、瞳矢自身も地区大会予選の前からずっと気になってた症状だったと言うこと。


今年になって、その指の違和感が大きくなって病院に通って
検査の結果、告げられた現実。



現状、指が固まったように力が入らなくなってきてしまっている
その指はもう回復することはないこと。



今日が、瞳矢にとってピアノ奏者としての最後の1日になったと言うこと。

瞳矢自身が、そんなにも大きな覚悟を持って
望んでたなんて、彼女なのに私は何も知らなくて。


そんな瞳矢の苦しみを知らない私は、
瞳矢の【指】を心配して、勝手なことばかり言ってた。



私の中では、その指は腱鞘炎だと思ってたし
腱鞘炎だったら、パパに頼めば何とかしてくれる。

そんな風に思ったから。




だけど事実を知った今となっては、
私のかけた言葉なんて、瞳矢にとっては事実を知らないから言える
瞳矢を苦しめるだけの言葉だったのかもしれない。




思いがけず告知された瞳矢の秘密は、私の想像を超えるもので……益々私は、
この後どうやって瞳矢に接していけばいいのかわからなくなった。



瞳矢のことを好きだと言う気持ちは
多分、今も変わらない。




瞳矢に背中を押されて、晴れやかになった気持ちは
一瞬のうちに、また闇色に包まれてしまった。




コンクールの地区大会本選の通過者がステージから呼び出されて、
私と飛鳥君の名前がコールされる。 





11月の本選への切符を授与されて、
地区大会本選は幕をおろした。


ステージから楽屋の方へと戻ると、
瞳矢のお兄さんが慌ただしく、瞳矢を連れて行こうとしていた。



一緒に戻ってきた飛鳥君も慌ただしく、
二人の後を追いかけて、会場から飛び出していく。






瞳矢の小母さまとお姉さんに会釈をして、
更衣室でドレスを脱いで着替えを済ませると、
出口の傍で、冴香小母さまが待っていてくれた。



「小母さま」

「穂乃香ちゃん、今日の演奏素敵だったわよ。
 本当にうまくなったわね。

 しかも朝の音色とは、全然違って迷いがなかったわね」

「瞳矢と……彼と話せたからかな」

「瞳矢君?
 もしかして、一緒にステージに出てた檜野瞳矢君?」

「はい」

「真人の親友であるあの子が、
 穂乃香ちゃんの恋人だったなんて、世間は狭いわね」


そう言いながら、小母さまは微笑んだ。



「小母さま、瞳矢と一緒に演奏してた子
 咲夜の従兄弟だと聞きました」

「えぇ、私の甥っ子よ。
 1月の震災で亡くなった、姉さんの忘れ形見。

 あんな演奏をする子だったのね。

 私、恥ずかしいけど今日初めて、真人の演奏聴いたのよ」


そう紡いだ小母さんの携帯に着信音が響く。


ごめんなさいねっと一言告げて、
電話に出た伯母さまは、慌ただしそうに電話を切った。




「ごめんなさい。紫音先生、暫く、お借りするわね。
 真人が消えてしまったの。

 穂乃香ちゃん、お詫びはちゃんとするから
 タクシーで帰って」



冴香小母さまは財布から、お札を取り出して私の手に握らせると
慌ただしく会場を飛び出していった。



この後の不安を抱きながら、立ち尽くしていると、
瞳矢の小母さんとお姉さんがもう一度声をかけてくれて、
この後、私はお二人と一緒に、暫く行動した。