『なんだよ、あれ』

『あんなの演奏じゃないわ』

『審査員もどうしてあんな子を予選通過させたの?』




私はと言えば、ただその演奏が無事に終わるようにと
祈るような気持ちで瞳矢を見守りながら、
変わり果てたその彼氏のピアノの演奏を見つめていた。



そんな演奏も途中で止まってしまう。


瞳矢はピアノから立ち上がって、
舞台の中央へと歩くと、ゆっくりとお辞儀をした。


そしてもう一度、ピアノの方へと戻ると
ざわざわとしていた会場内が、少し静まり返る。


再びピアノの前に座った瞳矢の傍に、
会場の観客席側からステージへと上がってくる少年。


正装をしているわけではなく、普段着でステージに上がってきた少年の後ろには
当然のように警備員が姿をみせる。


今にも少年をステージから引きずりおろそうとしていた警備員を制したのは、
少し前に姿を消した、咲夜だった。


咲夜は何も言わずに、
審査員席に座る小母さまへと視線を送ってるみたいだった。

審査員席で少し話し合いがもたらされたみたいで、
そのままステージに上がった少年を警備員が下すことなく、一曲が演奏された。




瞳矢の作曲した『STORY』。


作曲中に私も何度か聞かせて貰ったこの曲を、
ステージに上がった少年は、寄り添うように演奏していく。




その包み込むように優しい音色に、
私自身が、嫉妬してしまうくらい……響きあうメロディー。


瞳矢が演奏しているのは、今は単音でしかないはずなのに、
瞳矢の傍で演奏する、その少年がかなりの演奏技術を持っているのか
重厚な世界観を醸し出す。



ざわついていたステージそでの出場者たちも、
言葉を失ったように、そのステージの二人に視線を集中してるみたいだった。




何時の間にか、ステージそでに戻ってきた
咲夜が私の傍へと近づいてくる。




「アイツを探してたんだ。
 ようやく見つけた」



咲夜が私の傍で言葉を吐き出した。


「瞳矢と演奏してる人、咲夜の知り合い?」

「俺の従兄弟。
 母さんの姉さんの子供。

 H市の地震で、伯母さんが亡くなって探してたんだ」



そう言いながら咲夜は、
嬉しそうに、ピアノを演奏するその子を見つめていた。



演奏が終わって、二人がステージで礼をすると
シーンと観客席は静まり返ったまま。


そんな沈黙から逃げ出すように、
ステージに上がってきた少年は、今度は外に向かって走り出した。


遅れて包み込むように会場内から湧き上がった拍手。




「悪い、穂乃香。
 真人を追いかけて来る」


そう言って咲夜が飛び出していくのと同時に、
ステージから、瞳矢が戻ってきた。




「瞳矢、お疲れ様」

「穂乃香、もうすぐだね。
 悔いがないように演奏して。

 ボクも応援してるから」



満足な演奏なんて出来ていないように思えるのに、
瞳矢は凄く満足した笑顔を見せて、
何事もなかったかのように私に笑いかけてくれる。



そんな隣、今の不機嫌なのは飛鳥君。




やがて私の演奏の番になって、
私はステージへと向かう。





今までずっと、メンタル的に苦しくて演奏が出来なかったのに
あの僅かな会話でも、瞳矢と会話が出来て、瞳矢の笑顔を見れただけで
リラックスできたのか、無駄な力が入らずに、
いつも以上に、自分が気持ちいい演奏をして、曲目を終えた。




自分の出番の後、楽屋へと戻ると
飛鳥君と瞳矢が、珍しく喧嘩しているみたいだった。



そこに姿を見せた、瞳矢のお母さんとお姉さん。

数回、お会いしたことある瞳矢の小母さまは、
静かに口を開いた。



語られた内容は瞳矢がALSなのだと言うこと。