地区大会本選当日。


私はあまり眠れないまま朝を迎えた。


パジャマから着替えを済ませて、
一階へと降りると、すでに出勤してくれている
家政婦の外井さんは、
すでにテーブルへと四人分の朝食を並べてくれていた。


私とパパ。


そして、リサイタルの前日は二人にしてくれるためにホテルに泊まったけど、
昨日は我が家に泊まった、冴香小母さまと咲夜。


『この年になって、母さんと一緒に寝れるかよ』


って絶叫していた、咲夜の昨日を振り返ると
思わず笑ってしまう。



ダイニングに顔を出すと、
すでに三人ともテーブルについていて
一番最後に席についたのは私だった。




「おはようございます」

「おはよう、穂乃香」


最初に、パパが朝の挨拶を返してくれると
その後は、外井さんや、冴香小母さま、咲夜が続けてくれる。



すぐにテーブルに運ばれてくる、
紅茶を飲みながら、朝食を静かに食べていく。





「穂乃香、いよいよ今日だな」

「うん。
 眠れた?」


そう言って話しかけてきた咲夜。


咲夜はすでに海外からの枠で
11月のファイナルに出場決定しているから、
日本では下見感覚で顔を出す。


「なんか緊張して眠れなかった。
 テニスの試合前よりも、緊張してるよ」

「紫音先生と二人分、背負ってる気がして?」

「それも少しあるかも……」

「だろうなっ。
 でも親の名前が付いてくるのは、最初の頃だけだよ。

 今は羽村冴香の息子でも、羽村冴香を母に持つって
 俺の実力を評価させてやるって俺の場合は思ってるから。

 穂乃香も、紫音先生の名前に怯えなくていんじゃない?

 親子の事実は変わらなくても、別者なんだからさ」


朝食を進めながらも、励ましてくれる咲夜。


だけど私が気になってるのは、それだけじゃない。


今日、会場に行くと瞳矢は居るのかな?


ずっと様子がおかしかった瞳矢と、
再び、言葉を交わせるのかな?


多分、今の演奏がそこまで自分自身で納得できないのは
精神面の問題が大きいと思えるから。



学校もテニス部も順調。
今の私にとっての順調にいってないものは恋。


ずっと一緒に居るのが当たり前だと、
付き合い始めてから思ってた、
瞳矢との距離がここ3ヶ月くらいで一気に開いた気がする。


ここ2週間くらいでは、一気に開いたと思えるほどに。


だからこそ、私の完成間近にまで固まって来ていた曲も
一気に崩れるように、グダグダになった。


年上だから瞳矢を支えてたつもりでいながら、
瞳矢に支えられていたのは、本当は私だったって
この数週間で特に思い知らされた。



今日、瞳矢は……会場に来る?


会場に来た瞳矢と、
私はどんな会話をしたらいいんだろう?


そんなことを考えていたら、
眠るなんて出来なかった。




食事を終えて、自分の気持ちに集中したいからと
一人、防音室に籠って最後の練習を30分ほど終えると
準備を整えて、四人で出かけた。


審査員を務める、冴香小母さまとパパは
会場に到着すると、審査員の先生たちが集まっている方へと移動していく。

私は一人で受付を済ませて中に入ろうとした時、
パパから貰ったらしい関係者パスを首からぶら下げた咲夜が私の方へとついてきた。




「穂乃香、母さんに頼んで貰って来た。
 昨日、演奏してるしね。
 主催者側からも、快く貰えたよ。

 紫音先生、一緒に居たいだろうけど入れないからさ
 俺が付き添ってるよ。

 俺も気になってることがあるからさ」



そんな咲夜の言葉に気になりながらも、
私は受付を済ませて、ホール内の楽屋へと通された。